うしろを振り返れば


※白石が中二。なので金ちゃんと千歳は出てきません。



 ――ホンマ、ありえへん……っ

 自主練が終わって、一人で帰る夜道。
 以前までは吹き付ける風が気持ち良くて、あぁ、今日も頑張ったな……とか思える時間やったんやけど、今はちゃう。

 俺の足音に合わせて、ピッタリと着いてくる影。

 最初は気のせいやと思た。
 ただの俺の、気のせいやと。実際、そうであって欲しかった。
 せやけど、それが毎日続いたら……そうも思てられんようになった。

 部活帰りのこの時間、俺は――誰かに後着けられとる。俗にいうストーカーっちゅー奴や。
 自分でいうのもなんやけど、俺は男にしたら見目がええから、そんなんが昔っから全くなかった訳やない。ないんやけど、こんなにしつこくされんのは始めてやった。
 こういうヤツは無視するに限る。
 せやから今までの奴は、俺が何の反応も示さんかったら、二週間もすれば飽きたんか自然と離れてった。今回もそうやと思った。無視しとったら大丈夫。その内飽きるやろう……と。
 でも今の状況はなんや?
 コイツは飽きるどころか……段々行動がエスカレートしてきよった。
 最初は学校から駅までの距離だけやった。それが電車にまで乗ってきて、家まで着けてこようなんてされたら、流石の俺も堪らへん。
 俺は我慢出来んで、走ってしもた。ストーカーを喜ばせてまう最大の事、自分の方からアクションを起こしてしもた。
 ストーカーははぁはぁと、荒い息を吐きながら俺を追い掛けてくる。俺も全速力やし、ストーカーはそないに足が早ないんか追い付かれるようなことはなかったけど、ごっつい気色悪うて……恐かった。返り討ちなんかまず有り得へん。
 それからは毎日のように走って帰っとる。
 今日やってそうや。ストーカーから逃れたい一心で、俺は校門から出たらすぐに走って、急いで駅の改札をくぐり電車に乗る。
 ストーカーはそないに足が早ない。部活で鍛えとる俺には追い付けんみたいで、それだけが唯一の救いやった。
 何事もなく、家へ帰ってこれた時の安心感いうたら、すごいもんやった。

 こんな生活、もう嫌や……

 そう思て、帰り道を変えたこともあった。わざと通りにくい道使ったりして、遠回りしてみたりしたけど……効果はあらへんかった。
 ストーカーは着いてくる。

 相談は……出来ひん。
 親に心配かけたないって気持ちが一番やけど、女やったら未だしも、男の俺がストーカーされとるって事実を誰にも知られたなかった。変なプライドが口にすることを邪魔する。

 自主練をやめることも出来ひん。
 いつもしとることを急にやめたりしたら、周りが不審がるし、大会が近いから練習しとかんと落ち着かへん。

 なんとか出来るかも知れんのに、俺はそれをしようとせぇへんかった。

 ガタガタと揺れる電車の中。
 会社帰りであろう、社会人に揉まれながら俺は考える。
 もし、こん中にストーカーがおったら……?
 一回その経験があるから気にせずにはおられへん。
 顔は見たことない。でも、恰好と雰囲気で分かる。絶対に。
 チラチラと周りを警戒しながら、俺は南梅田の駅で降りて、乗り換えやらなんやらでこの駅で降りる人は多いから、そん人らに紛れながら俺は駅のホームを早足で歩く。
 おらんかもしれへんのに、気のせいかもしれんのに、俺は誰かの視線を感じてしゃあない。俺はそれに堪えながら、やっぱり早足で、なるべく人通りのあるとこ歩いて。駅から家まで結構距離あるから四天宝寺に入学した時におかんが駐輪場借りてくれて、そこに置いとる自分のチャリ乗ったら、必死にペダルこいで家に帰った。

 どうにかせなとは思てる。
 俺が反応してしもた時点で、ストーカーは自分の存在を感じてもらえたと舞い上がり、やめる様子をみせへん。それどころか、俺はなんか起こしてくるような気ぃしてしゃあなかった。ただ後つけてくるだけやない。なんかもっと、俺がゾッとするようなことを、してくるような気ぃして……しゃあなかった。

 ――そしてそれは俺の想像よりも早く、すぐ側まで迫ってきとった。





 ――ストーカーのことを考えると毎日が憂鬱や。
 部活後、いつも通り今日の活動記録を部誌に記しとったら、自然とため息が出てしもて。

「どないしたんや? 白石」

 それに気付いたらしい謙也が、シャツのボタンとめながら、心配そうに眉寄せて、俺の顔覗きこんでくる。

「ん……どうもせぇへんよ」

 これはもちろん嘘やけど、謙也に余計な心配掛けたないし、巻き込みたない。
 俺は笑顔を貼付け、謙也に大丈夫やってことを伝えたつもりやってんけど、

「嘘つくなや、疲れてんのんとちゃうか?」

 謙也の顔は曇ったままで、こんな時だけ勘のええ謙也に俺は思わず笑みが漏れた。

「な、なに笑っとんねん!」
「いや、別に」

 ええ奴やわ謙也……。一年の時からこんな俺と一緒におってくれて、ホンマええ奴。
 だからこそ、巻き込みたないねん。

「そやなぁ……大会近いし、根詰め過ぎたんかもしれんなぁ」

 もっともらしい嘘をつけば、曇ってた謙也の表情は晴れ、

「でも、な。練習しとかんと逆に落ち着かへんねん。せやからもうちょっと……ほっといてくれへんかな?」

 俺は笑顔でそう言い放ち、口を開いた謙也の言葉を遮った。
 さっきのは嘘やけど、これはホンマや。ストーカーに付き纏われたなかったら、皆と一緒に帰ればええ。自主練なんかやめて、人通りがまだある、夕日の沈みかけとる明るい道を歩けばええんや。
 せやけど日に日に近付いとる大会がのしかかって、それが出来んようになってた。
 部長としての責任……いうんかな?
 三年生が引退して最初の大会。
 先輩の分も頑張らなって気持ちがあって、絶対に『負けられへん』て感情が重くのしかかる。練習しとかな落ち着かへんかった。
 それにストーカーなんかに負けたないって気持ちが、少なからず俺ん中にあるんかもしれん。

「無理だけは、したアカンで?」

 下がった眉は直らんくて、まだ納得してくれてないみたいやったけど、子どもに言い聞かせるみたいな口調の謙也がおかしいて、俺はまた笑ってしもた。

「――謙也さん、アンタは部長の保護者っすか」

 俺らの会話を聞いとったらしい財前が、呆れ顔でため息吐いて。謙也は顔を真っ赤にしてうっさいわ! と声を荒げたら、財前はこっちがうるさいと言わんばかりに耳を塞いだ。謙也は犬みたいにぐぬぬで唸る。
 漫才みたいなやりとり繰り返しとる二人がほほえましいて、ええダブルスコンビやなって見とったら、財前と目があって、

「何笑っとんですか部長」

 謙也のことは完全無視で、俺の方を向いた。

「なんかほほえましいて」
「はぁ……まぁええですけど、謙也さんの言うことにも一理あると思いますよ」
「へ?」

 まさかこの生意気な後輩からそんな台詞が聞ける思わんくて、間抜けな声が出てしもた。
 財前はいつも通りのポーカーフェイスやけど、俺と目を合わせようとせぇへん。照れてんのやろか?

「なんなん財前。心配してくれんの?」
「……別に。ただ、部長に倒れられたら困るってだけですわ」

 指摘したったらよりいっそう俺から顔背けて……図星か。かわええやっちゃ。

「なによ光〜、ホントは蔵リンのことが心配な癖にぃ〜」
「こ、小春〜っ」

 みんな着替え終わったみたいで、ゾロゾロと俺の周りに集まってくる。
 いつも通りの風景やけど、小春が財前にくっついてそれをユウジが引き離そうとしてた。財前はそれをすごい不快そうに眉寄せとって、引き剥がそうとしてるみたいやけど、小春がベッタリで出来んようやった。

「……でもね蔵リン、私も二人に賛成よ? 適度な休息は必要だと思うの」
「は、な、れ、てっ、下さいっ!」

 財前にくっつきながら、というかほお擦りされながら言われても説得力ないんやけど……小春が心配してくれてるってのは分かる。

「ワシも同意見や。白石はん、無理だけはしたらあかん」
「白石、疲れとる時ぐらい、副部長の俺を頼ってくれてもええねんで?」

 銀に健二郎……
 次々に掛けられるあったかい言葉に、俺は目頭が熱くなるんを感じた。シャーペンを握る手が震える。

 ……みんな、俺のことを心配してくれてる。
 上手くやれてるつもりやったけど、みんなにはバレバレやってんな。ホンマは悩んでてんけど、疲れてるみたいに見えたんやな。

 もし……もしや。
 俺がストーカーされてるって知ったら、みんな、どんな反応してくれるやろか?
 謙也は……そうやな。
 俺の分まで怒ってくれて、ストーカーをぶん殴りにいきそうや。財前も……いってくれそうやな。登下校のボディーガードとかもしてくれそうやわ。
 小春とユウジ、銀に健二郎は、俺の心のケアを全面的にしてくれそう。辛かったなぁ、でももう大丈夫やでって。そんで警察に連絡しろって、ストーカーを捕まえる手立てしてくれるやろな……。

 まぁこれは俺の想像で、みんなに言う気はない。
 でもな、

「みんな……ありがとうな。お言葉に甘えて、今日は自主練やめとくわ」

 今日ぐらい……ええよな?
 別に疲れてるワケやないけど、みんなの気持ちに甘えてもええよな?
 ストーカーのことは気になるけど、この時間やったらおらんやろ。

 みんなの表情がパッと明るくなる。

「せやったら白石、一緒に帰ろうや!」

 嬉しそうに俺の腕を掴んだんは謙也で、俺がまだ着替えてないのも見えてないみたいやった。

「何言うてんですか謙也さん。部長……まだ着替えてないし、部誌もまだ書けてないやん」
「あ……すまん白石」

 俺が言いたいことを財前が先に言うてくれて、気付いた謙也が手を離す。

「別にええよ。まだやること結構あるし……先帰っててええよ」

 結構待たせてしまうことになるからそう言うたのに、謙也はブンブン首振って、

「いや、俺は待っとく」

 そこから動こうとせぇへん。

「なら、私も待とうかしら?」
「小春が待つんやったら俺も待つで、蔵ノ介!」

 小春とユウジもそう言うてくれて。

「光も待つわよね?」

 ようやく小春から開放された財前が露骨に嫌そうに顔を歪めたけど、

「……しゃあないっすわ」

 と言って、残ることを決めたらしい。

「ワシも残ろう」
「久しぶりやし、みんなで一緒に帰ろか」

 口ぶりから、銀と健二郎も残ってくれるみたいや。

 嬉しい……嬉しいけど、着替える為だけに用意された狭い部室にこの人数は、ちょっと苦しい。
 どうせ待ってくれんねんやったらもっと広いとこの方がええ思て、それに俺自身もみんなに待ってもろてる思たら焦ってまうし……せやから、

「そう言うてもろて嬉しいんやけど、やっぱり時間かかりそうや――」
「待つからっ! 俺は待つで白石っ!」

 いや……そうやなくて謙也、

「ちゃうて。時間かかりそうやから、部室で待ってもらうんもアレやし、ほら……学校の近くにコンビニ出来たやん? あの辺で待っててくれへんかなぁ……って」

 そう考えただけなんや。





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