ななの距離


 学生時代、よくしていたペン回しを合間に入れながら、俺はテストの採点をする。
 担当科目は数学。
 センスない限り、数学は解いた問題の数だけ身についていくものだから、小テストを定期的に設けたりして生徒の理解力を高めようとしてるのだが……

「笹山28点……松野34点……」

 みんな、点数悪すぎる。
 50点満点ならば妥当なとこだが、これは100点満点のテスト。

 確かに応用力を試すような問題も入れたが、抜き打ちだはないし事前にテスト範囲も報せていたから、ちゃんと勉強していたらとれる筈だ。その証拠に定期テストきちんと点数取れてる子は、俺の期待通りの点数取ってくれてる。
 小テストやからって完璧に舐めとる……。どないかせなと頭を悩ませながら赤ペンを動かしていたら、

「――なかなか厳しい点数やなぁ」

 コーヒーを入れに席を離れていた、隣の机の小石川先生が戻ってくるなりそう感想を漏らして。
 俺はそれに、ははと苦笑いを返すことしか出来ない。

「そうなんですよ。どないしたらええですかね……」
「て、これ」

 驚いたように声上げて、小石川先生が指差した答案用紙の名前見て、俺は彼の言いたいことがすぐに分かった。

「白石が60点て……このテストやっぱ難しいんとちゃうの?」

 ――白石 蔵ノ介。
 品行方正で成績優秀、誰もが認める優等生。見目のよさから女子に騒がれ、人柄のよさから男子にも好かれる。おまけに二年でありながら、全国への常連である我が校のテニス部部長とくれば、教師がよく思わない筈がない。

 まさに完璧。
 そこに一縷の隙もない。

 それでいて奢らず、何事にも努力を惜しまない彼は、まさに生徒の『模範』的存在だった。

 そう思われているからこそ、白石の60点は有り得ない。全国模試でも80点以上叩き出すような男だ。その彼がただのテスト、しかも小テストで60点というのは本当に有り得ないことだった。

「白石も調子悪かったんやないですかね。最近夜遅うまで練習してたし……疲れが溜まってたんやないですかね」

 我ながら、ありきたりな台詞。
 しかしテニス部顧問である俺が口にすれば、説得力があるようで小石川先生はせやなぁ……と納得したように頷いた。

「白石には頑張ってほしいけど、無理させたら元も子もあらへんしな。忍足先生、気ぃ付けて見たって下さいよ」

 俺は引き攣った笑顔ではいと返して。
 小石川先生はそれ以上、このことに関して何も言ってこなかったので、俺は無意識に入れていた肩の力を抜いた。

 ――ホンマはちゃう。

 白石がこんな点数を取ってしまった原因は、疲れなんかやない。疲れといえば疲れに分類されるかもしれないが……練習で溜まった、疲れなどではなかった。

 原因を知っている俺は、テストの採点をしながら、変わらない白石の点数に苦笑いを浮かべるしかなかった。








「ホンマありえへんっ!」

 バコッと座布団が飛んできて、後ろ向いとった俺は交わすことなど出来んで背中で座布団を受け止める。

「昨日復習やろう思てたのに、センセが無茶苦茶に抱いたりするから……なんも出来ひんかったわ!」

 ボケっ! と続けて飛んできた座布団は、今度は頭にぶつかって。

 そろそろ相手をして機嫌を取っておかないと、部屋の中を暴れかねない。
 そう思った俺は、作成途中だったプリントのデータを保存して、ノートパソコンを閉じたら、頬を膨らませる可愛い恋人においでと手を広げる。

 恋人は少し躊躇ったような様子を見せたが、悔しそうに唇を噛み締めた後、俺の腕の中にすっぽりと収まって。よしよしとさらさらと揺れるミルクティー色の髪を撫でてやった。

「センセの作ったテストやから……100点取りたかったのに……」

 恥ずかしいからなんか、俺の胸に顔を埋めた彼がそう言うて。

 あぁ……なんでこないに、可愛いことを言うんや……。

 柔らかい髪にそっとキスを落とし、彼――白石の顔を掴んで上げさせ、その頬に触れた。

 そう。
 白石 蔵ノ介は生徒であり、俺の恋人でもあった。男同士という以前に、教師と生徒という世間から外れた関係にも関わらず、俺達はこの関係を半年以上も続けている。
 まだ若いとはいえ俺は二十四だ。高校二年である白石とは七つも年が離れている。
 白石の将来を考えれば、俺達はすぐにでも別れるべきだ。
 何度もそう考え、何度も別れようとした。しかしその度に白石は、俺の手を取って『俺のこと嫌いになってしもたん?』とか『センセおらな嫌や……』とか泣きそうな顔して言うてくるから、白石のことが好きな俺はつい抱きしめてしまう。
 ええ年した男が何やってんねんて感じやけど、俺はそれほど白石に惚れとった。

「ホンマ勘忍やで白石。今更言い訳とか遅いけど、白石がかわええから俺も歯止め利かんようになんねん」

 そして今回の、白石不調の原因は、間違いなく俺にあった。テストの前日、溜まっていた俺は白石をめちゃくちゃに抱いてしまって、その結果気を失ってしまった白石は勉強どころではなかったのだ。
 快楽に酔った白石は、自ら足を広げ、入れてとか言ってきたが、そうさせたのは俺なのだから間違いなく俺が悪い。
 年上だからとか年下だからとか関係なく、今回の件は俺が悪かった。

 白石は目を逸らし、ぷくっと頬を膨らます。

「……やめてって言うたのに」
「せやからごめんって」

 周りが抱いている白石のイメージは大人びていて、落ちついていて、何でもそつなくこなす――完璧な『聖書』のイメージ。
 しかし蓋を開けてみればそんなことは全然なくて、我が儘で、甘えん坊で、誰よりも子供っぽい。
 だからこうやって、拗ねる白石が拝めるのも俺だけで。
 そう考えれば愛しさが増すというものだが、こうなった白石は少し厄介だ。

「テスト……絶対悪い。80やったらまだええけどあれは絶対50のラインや」

 素の彼に戻っても、テストの点に対する完璧指向はなくなってないらしく、白石は気にいらなかったのか愚痴を零す。

「いや50ちゃうで。60やった」

 本当の点数を教えてやったら、今度は不満げに眉を寄せて。言わない方がよかったと、口にしてから俺は気付いた。

「センセの作ったテストやのに……60とか……」

 それは先程言ってくれたみたいに俺の作ったテストだからなのか、俺『なんか』の作ったテストだからなのか、どちらの意味なのかは分からないが……とりあえずは置いておこう。
 今は白石の機嫌をとるのが先決だ。こうして俺の腕の中に大人しくいるということは、それほど怒っていないということだ。

「でも白石の点数ええ方やねんで? 他のヤツは20とか30とか……テスト作ってて悲しなる点数ばっかりやねん」

 悲しいが……これは事実だ。
 教師をやっていて、自分の教えたことが理解されていないと実感する時が一番悲しい。自分の教え方が悪いのではと、正直自信をなくす。

「ふーん……センセの教え方、分かりやすいのにな」
「え?」
「……まぁええや。もうええよ。俺も気持ちよかったし……許したる」

 ぼそりと呟くように言った白石の言葉は聞こえなかったが、許すと言ってくれたのだからよしとしよう。

「白石ありがとう〜」

 嬉しくてつい頬擦りしてしまったら、痛いと文句を漏らしつつ白石は俺の肩に手を乗せた。

「しゃあないセンセやなぁ」

 顔を離して、苦笑を漏らす白石に、やっぱり怒ってるより笑てる方がかわええなぁ……と俺は思った。

「あ、せや。センセ、俺今日も泊まってくから……」
「っ!」

 実家が片道二時間という場所にある為、白石は学校付近のマンションに一人で暮らしている。白石の親御さんには悪いが、俺の部屋に泊めても、問題……はあるだろうが、バレなければ大丈夫なので、俺は今日も白石を部屋に泊める気でいた。
 だから全然大丈夫である。白石がいつでも寝泊まり出来るように、彼の私物や俺が買い揃えたものが部屋の中には多くあった。

 これはもしかしたら、もしかしたらである。今日も白石を……

「物理で分からんとこあんねん。ちょっと教えてぇや」

 いただけなかった。
 やはり現実はそう甘くない。
 しかも物理。数学でないのが余計残念だ。

 白石はスッと俺から体を離し、ソファーの上に置いておいた自らの鞄をあさり始めた。

「……物理? 物理やったら物理の先生に教えて貰いや。俺は数学教師やで?」

 残念に残念が重なって、勉強を頑張ろうとしている白石に、俺は素っ気ない言葉を掛けてしまう。

「理数系やねんからイケるやろ? ケチケチせんと教えて」

 はいと教科書を見せて、俺に投げ付けた座布団を二枚持って床に敷き、机の前に座る白石。自分の隣に敷いた座布団を指差してぽんぽんと叩かれればそこに座るしかない。
 俺は重い腰を上げて白石の指差す座布団に座り、パラパラと教科書をめくり始めた。
 確かに医者を目指して理数系の大学に進んだから教えられないことはない。いまいちやる気が出ないが、白石の勉強の為だからと分からないところを聞こうとした時、

「……上手いこと教えてくれたら、俺のこと抱いてもええで?」

 ニヤリといやらしい笑みで白石はそう言って。

「……ッ!」

 年下に、しかも生徒に、躍らされる俺はそうとう馬鹿だ。

 しかしその恋人が、可愛くて、愛しくて仕方ないとなると……

「ほな白石! 張り切ってやるか!」

 頑張るしかないのは当然で。

 その日、俺は白石を美味しく頂戴した。



 年上だとか年下だとか

 教師だとか生徒だとか

 男同士だとか

 越えられない壁はたくさんあるけれど

 やっぱり俺は

 キミが好きです。



end.

葵様、こんなんでよろしいでしょうか?

なんか謙也の教師が不安定過ぎて、誰でもいい気がする……
小石川は友情出演です。他に教師役で出せそうな人がいなかったので、小石川ちょうどいいかなと。白石は謙也にだけあまあまにしてみました〜。こういう子、水原好物です。謙也は白石より年上なので、大人の余裕みたいなのを、出したかったのですが……上手くいかなかったです。
謙也のキャラが立たなかったのが悔しいですが……なんやかんやで書いてて楽しかったです!またリベンジの意味も込めて、続き書いちゃうかもです!

葵様、素敵なフリリクありがとうございます!何かございましたらメールで……っ



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