なまえ



「白石」
「ん……なんや?」

 俺の部屋なのに、まるで自分の部屋みたいにくつろぐ白石。白石はベッドの上に寝転がり、読んでいた雑誌から目を離してこちらを向いた。

「誕生日……なんか欲しいモンあるか?」

 四月十四日は白石の誕生日。
 白石の欲しいモノを色々考えてみたけど、健康グッズとか既に持っていそうなものしか思い浮かばなくて、こうして直接聞いてみた。
 白石は驚いたような顔を見せた後、嬉しせうに顔を綻ばす。

「覚えててくれたんや」
「…あ、当たり前やろっ」

 微笑む白石が可愛くて、俺の心臓が大きく跳ねた。
 白石の、大好きな白石の誕生日を忘れる訳がない。それに今年は、白石と恋人同士になって始めて迎える誕生日。俺にとって特別な意味を持っていた。

「んー……そうやなぁ……」

 白石は起き上がってベッドの上に座り、口元に手をあて考える仕草をとる。
 俺は白石が何を言ってくるのかと、ドキドキしながら待った。
 カチコチと、時計が時間を刻む音が室内に響く。
 白石の口元に添えられた手が引っ込められたかと思うと彼はベッドから下り、クッションを敷いて床に座っていた俺の隣に腰を下ろした。
 ピタリと密着し、白石は俺に体を預けてくる。

「し、白石……?」

 白石の熱が服越しに俺に伝わってきて。俺の体温が、どんどん上昇していくのが分かる。

「俺の欲しいモンはな……名前」
「な、まえ?」

 答えの意味が分からなくて俺が聞き返せば、白石はせやと頷く。

「下の名前で呼んで欲しい」
「……っ」

 甘えたような声を出す白石に、俺はゴクリと息を呑んだ。

「俺は『謙也』って下の名前で呼んでんのに、お前は俺のこと『白石』て呼ぶやん。せやから俺も名前で呼んで欲しい」
「……そんなん、誕生日やなくても呼んだるやんか」

 そう言ったものの、馴れない呼び名というのはどうしても照れが混じってしまって言いづらい。けれど白石には、そんなモノじゃなくてきちんと形に残るものをあげたいと思った俺は、つい言ってしまった。
 予想通り白石からは、

「じゃあ今すぐ呼んでや」

 という返答が返ってきて俺は困った。

「はよ言うて」

 ねだるように、上目使いに見てくる白石。そんな技どこで覚えたんだって思うぐらい可愛い。
 俺は白石から視線を外し、恥ずかしいのをごまかす為右頬を掻く。

「えと……」
「謙也はよ。はよ聞きたい」
「……」

 耳を擽る白石の声。
 本当に言わないと白石はきっと拗ねるかつ、ヘタレと言って俺を馬鹿にしてくる。
 言わないと…――
 覚悟を決め、俺は口を開く。

「く……」

 たった五文字だ。
 なのにそのたった五文字が言えない。やっとの思いででてきたのは最初の一文字。後は何故かつかえてしまって出てこない。故に俺はヘタレと言われるのかも知れない。

「く? 次はなんや?」

 白石はどこか楽しそうに聞いてくる。俺を試しているのだと、口ぶりからすぐ分かった。
 俺は静かに息を吸って、静かに息を吐き。自身を落ち着かせた。

「く、くら…」
「くら?」
「くら、の……」
「くらの?」
「くらのす……」

 ――ここまできたらもう言ってしまうしかない。
 再び息を吸うと、

「――蔵ノ介っ」

 白石の名前を呼ぶと同時に、彼の顔を見た。きっと今の俺の顔は真っ赤だ。顔がひどく熱い。
 そんな俺とは対象的に、白石はニヤリと意味深に笑ったかと思うと、

「聞こえへん」

 訳の分からないことを言い出した。

「何ゆーとんねんっ! 絶対聞こえとったやろ!」

 あくまで聞こえないを通そうとする白石。両耳を塞ぎ、聞こえへーんと声を上げる。

「白石っ、寝ぼけたことは寝てか――」
「もっかい」
「……」
「もっかい、『蔵ノ介』呼んで」

 ――断れる筈がない。
 一度呼んでしまえば、後の照れはたいしたものでなかった。

「…蔵ノ介」
「もっと」
「蔵ノ介」
「もっと」
「蔵ノ介っ」

 あと何回か、このやり取りを繰り返した後、白石は満足したのか『もっと』と要求してこなくなった。
 白石は本当に嬉しそうな顔をして、俺に寄り掛かっている。そんな白石を見ていると、

「謙也?」

 なんだか俺もおかしな気分になって。
 白石は目を丸くして俺の名を呼び、俺は無意識に白石の肩を掴んで引き寄せ、その唇に自分のを重ねていた――。
 離した時、白石にしては珍しく顔を赤くしていて、今度は俺がニヤリと笑ってやった。

「どないしたん白石。顔……赤いで?」

 意地悪く聞いてやれば、白石は眉間に皺を寄せる。

「謙也のクセに……」
「俺もやる時はやんねんで」

 俺は白石をそのまま押し倒して。
 互いの咥内を貪り合う、深い口付けを交わした。

 ――結局その日、俺は白石へのプレゼントを決めることは出来なかった。



end.
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