おまけ
「――部長、腰……どないかしたんですか?」
「え?」
途端に見開かれる白石の瞳。
部活中、腰を押さえて痛そうに顔をしかめた白石を見、財前はいつも通り抑揚のない声でそう聞いた。
完璧をモットーにしてる白石にしては珍しく、目を泳がせて……動揺している。
財前はそんな白石の様子に笑いが込み上げてくるのを感じたが、笑ってはいけないと自分を律し、いつも通りの無表情で白石の返事を待つ。
「んー……ストレッチのやり過ぎかな……? 昨日、腰捻る運動ばっかしたから……」
ストレッチ云々はともかく、やはりムダのない返答。浮かべた笑みは自然そのもので、不審な点など一つもない。
「そうなんですか」
しかしそれが嘘であると……財前は知っていた。
――昨日白石は、恋人である謙也に抱かれて腰を痛めたのだ。
直接その現場を見たワケではないが、財前には間違いないと言い切れる、確かな自信があった。
「まぁ健康に気ぃ付けるんはええですけど、部活に支障きたしたら元も子もないですよ」
財前がそう口にすれば、白石はせやなと言って苦笑いした。
「――白石部長〜、基礎練終わりました〜!」
コートの一つを使って基礎練を行っていた一年が、部長である白石を離れた位置からで呼んで。彼らを指導する立場にある白石は、分かったと返事をすると、
「悪いな財前、俺行くわ」
財前にそう断りを入れてから、白石は一年が集まるコートに駆け足で行ってしまった。
――さりげなく腰を押さえながら。
そんな白石を財前は見ていると、
「蔵ノ介……ヤられたんか」
背後から声がして、後ろを振り向けばそこには小春とユウジがいた。
ユウジが漏らした、感想にも似た呟きに財前はコクンと頷く。
「間違いないですよ。謙也さんがむちゃくちゃにヤったんや思います」
小春は嬉しそうにまぁと言って、両手で口を押さえた。
「ちゅーことは、上手くいったってことやな」
ユウジがニヤリと笑えば、財前も無表情を崩し口元に笑みを浮かべる。
――そう。
謙也の異変は全て彼らの手によるものだった。
白石も思わず話してしまったことだろうが……二週間程前、白石は小春に、謙也が積極的に迫ってくれないことを相談したのだ。
そのことを不憫に思った小春がユウジに相談し、たまたまそこに居合わせた財前が『謙也さんに媚薬を盛ったらどないですか?』と言ったことから作戦が始まった。
と言っても……媚薬を用意したのも、それを入れたスポーツドリンクを謙也に渡したのも、実行したのはほとんど財前である。
何事にもやる気のなさそうな彼が、これほどまで協力的だったのは、『面白そうだった』の理由のみ。
現に日頃見れないような白石を拝むことが出来、財前は満足していた。
「よかったわね、蔵リンっ! これで謙也クンも、ちょっとは積極的になるかもしれないわねっ!」
キャピキャピはしゃぐ小春を、そうやなーと言ってユウジが腰を抱こうとしたら、さりげなく……ではなく、ビシッと音を立て小春は手を払った。
「こ、小春ぅ〜〜っ」
「先輩、何やっとんですか。キモいっすわ」
毎度のこととはいえ傷付くのか、涙ぐむユウジに財前はさらなる追い打ちをかける。
ユウジは財前っ! と牙を剥くが、当の本人は全く無視で、
「よかったんやないですか? 部長……めっちゃ嬉しそうですよ」
白石の方に目を向けた。
一年に指示が終わったのか白石はコートの隅でメニュー表も見ており、その隣には――謙也の姿があった。
心配そうな顔して、大方体調のことを聞いているのだろうが、白石に何か話し掛けている。
白石は優しく微笑み、おそらく『大丈夫やで』と口にした。
白石の顔は緩みきっており、あんな顔は謙也の前でしか見せない。より添うように二人は並んでおり、本当にお似合いだった。
「でもなんか……ムカつきますね」
別にイチャついているワケではないのだが、二人だけの空間が自然と作られていて、財前は少し……いや、かなりカンに障った。
「そう……ね」
「やな」
小春とユウジは財前の意見に同意し、三人は無意識にそんな空気を作り出してしまう、テニス部一のバカップルを生温かく見つめた。
end.
本当の終わりです(笑)