「あのね風介、私風介に話したいことがあるんだ。」


そういってダブルベッドの端の方にいた彼女が私の方に控えめに寄ってきた。私と彼女は婚約して、夫婦として一緒に暮らし始めてから1年程経った所である。

私の仕事は今忙しい時期にあり、最近は私の帰りが遅くなる事が多く、彼女は私が帰れば寝ていることも少なくはなかった。今日も例外ではなく帰りが遅くなったのだが、彼女は珍しくまだ起きていて、仕事から帰った時から妙に彼女がそわそわしているのが気になっていた。

「風介、」

そう言ってからも彼女は目を泳がせている。この様子だとやっぱりなにかあるらしい。私は寝返りをうって彼女の方に振り向き「離婚話以外ならきいてやろう。」なんて軽い冗談を言いつつも、彼女の次の言葉を待つ。




彼女は少し躊躇いながら、もじもじしつつ私に抱きついてそれから私の胸板に顔を押し付ける。それから小さく深呼吸を1回して、少しだけ顔をあげて私の方を見た。

「あのね、私赤ちゃんできたみたい。」

喜んでいるような照れたようななんとも言えない表情をした彼女がぽつりと漏らした言葉に、私は驚きとか喜びとかそういう色んな感情が複雑に混ざりあってすぐに彼女の言葉に反応出来なかった。何も話さないでただ固まっている私の反応を不安に思ったのか、ちょっぴり困ったような顔をして、「風介はパパになるの、いや?」なんて言うものだからすぐに首を左右に振った。
それから未だに私にくっついたままの彼女を抱きしめ返して「むしろ嬉しいよ。」と言えば彼女は安心したようで、柔らかく微笑んだ。




先程の彼女の言葉を自分の中で反芻する。彼女が妊娠したということは私達の子供ができるということであって、私は父親になるということだ。嬉しいと思いつつも彼女のまだあまり膨らみの目立たないこの腹には既に命が宿っているのだと思うとなんだか不思議な気持ちにもなった。




「風介は女の子、男の子、どっちだと思う?」
「…どちらかというよりこれは私の願望だが、女の子がいい。」
「どうして?」
「男の子供は父親にあまりなついてくれないというだろう?」



お前にばかりベタベタ甘えて私になつかないようでは困る。そんなことよりお前を自分の子供に奪われてたまるか。と付け加えると彼女はお腹を抱えて笑いながら「風介子供っぽいね。」というものだから私はなんだか無性に恥ずかしくなって彼女の頭を小突いてやった。彼女は痛いと言って少しだけ私を睨んだが、彼女の表情はすぐにまた幸せそうなものに戻った。すると私もつられて幸せな気持ちでいっぱいになった。



「なんだかんだいったってさ、風介はどちらでも愛してくれるでしょう?もしかしたら子煩悩になっちゃったりして。」



私の隣でふにゃりと笑う彼女が愛しくなって改めて抱きしめて、そしてキスをする。そうだ結局は女の子が生まれたって、男の子が生まれたって、愛することには変わりないのだ。ただもし男の子が生まれてきて、彼女にばかりベタベタするなら負けじと彼女を愛そうと思う。なんだかんだいって私の思考は少し子供じみていると自分でも思う。それでも私は彼女が大好きなのだから仕方ないだろ。あ、でも男の子は母親に似るというからもしかしたら私の方がなつかれるんじゃないか?



「風介顔が緩んでるよ。」
「私は至って普通だ。」
「鏡見てみなよ。」


そう言って今度は笑いを堪えながら彼女はベッド脇においてあるハンドミラーを私に向けた。私の顔は気持ち悪いぐらいに緩んでしまっていて、子煩悩で子供から離れられないような私の姿など想像できずにいたが、前言撤回、私はきっと子煩悩になってしまうのだろうと思った。


「…で、出産予定はいつなんだ?」
「大体来年の春頃だって。」
「そうか。そうだ名前も候補を考えなければならないな。」
「風介気が早すぎるよ。でも考えるのも楽しいかもね。例えば漢字は違うけど男の子なら春矢とか?」
「あいつと同じ名前などつけてたまるか!」


彼女は「はるや」を可愛がる私を想像したのか、私から視線を反らし、少し間をおいてから声を出して笑った。私は悔しくなって少し彼女の頬をつねってやった。



「痛いってば風介!冗談だよ!もう。そうだ、風介の仕事、いつになったら一段落つきそう?」
「あと…1週間位だな。」
「じゃあその後に一緒に買い物にいこう?」
「…気が早いのはお互い様じゃないか。」




一通り話終えると彼女は小さく欠伸をして、眠たそうに目を擦った。話に夢中になって気づかずにいたが、時計を見てみれば既に夜中の1時を指していた。明日寝坊して仕事に遅れるなんてことになったら1週間後私は彼女と買い物に行けなくなってしまうだろう。それは困る。私は電気を消して彼女に寄り添えば彼女もまた私に寄り添う。


「おやすみ、風介」
「ああ、おやすみ」



気の早い私達の間に僅かにある隙間に、私達の愛しい子供が一緒に眠る事になるのはまだまだ先の話だ。




春を抱えて眠る

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企画「多幸症」様に提出。
すてきな企画をありがとうございました!


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