「先輩!今の走り、ちゃんと見てましたか?!」


ぱあっと目を輝かせておおはしゃぎでそう言ったのは、私の後輩である宮坂。私は陸上部の短距離の選手であるが、後輩である宮坂もまた、短距離の選手であった。私は彼に走りで負けたことはなかった。今までは。


しかしストップウォッチのタイムを見ると、それは私の自己ベストよりも0.3秒速かった。私の自己ベストの記録は部内でも一番の記録で、私はそれを誇りに思っていた。その一番の記録という称号が奪われたのだ。私が二年間陸上に日々を費やしやっと出たあの記録を。悔しくないわけがない。仲間のみんなは私が手にするストップウォッチの記録を後ろから覗きこむなり吃驚した声を上げて自分のことのように喜んだ。


「先輩?大丈夫ですか?」


宮坂がこちらに来るのがわかった。それでも私は宮坂に返事を返さなかった。そんな私の態度が気にくわないのか、宮坂はムスッとして頬を膨らませている。私はストップウォッチを宮坂に投げて渡し、さっさとその場を離れた。宮坂が私を呼ぶ声がしたがそんなのは無視だ。かわいい後輩の寂しそうな声に、無視したことを少し申し訳なく思ったが、私は歩みを止めることはなかった。



悔しい。

いつの間に彼はあんな走りをするようになったのだろうか。正直あの走りは私が宮坂を見てきた中で一番良かった。素直に凄いと感心した。遅れて遠くで宮坂が喜ぶ声が聞こえた。ムカつくから私はもう一本、いや、あの0.3秒という差が埋まるまで今日は走ってやると決めた。自己ベストはそんな簡単に更新できるものではないとわかっていたが、やらないと気が済まないのは負けず嫌いなこの私だ。練習時間はとっくに終わっていたが、私はもう少し自主練していくことにした。







あれからだいぶ経ったが結局あの宮坂のタイムを越える走りはできなかった。それ以前に自己ベストのタイムですらも走れなかった。もう辺りは暗くなってしまったし、がむしゃらに走っても無駄なだけだ。今日はまず帰ろうと、部室に走った。まだ悔しさは残っており、私は奥歯を噛み締めて、少しだけ泣きながら着替えた。宮坂がムカつくというより自分自身が不甲斐なくてしょうがなかった。



さっさと着替えを済まし、急いで家に帰ろうとすると、後ろから誰かが抱きついてきて少し驚く。

「せーんぱい!遅いですよ。ずっと待ってたんですからね!」

聞き覚えのあるこの声は宮坂のものだ。今一番顔を会わせたくない人間に会ったため私は少し不機嫌になった。宮坂は私の腰に回した腕を離し、私の正面に向き合った。そして一緒に帰りましょう?といって私の制服の袖を掴んだ。

帰り道の話題は勿論宮坂が私の自己ベストを越えた事だ。この話にならないわけがないと思っていたが、本人にその話をされると宮坂のせいじゃないのにムカついた。

「……って先輩俺の話ちゃんと聞いてます?」
「聞いてるって。」
「棒読みですよ。じゃあなんの話か言ってみて下さいよ」
「宮坂の走りが今日すっごく調子悪かった話。」
「その逆ですよ。遠回りに嫌味ですよそれ。」
「だって嫌味だもん。」
「ですよねー。」


宮坂はちょっと苦笑いしつつ、そのあと一回ため息をついた。そして急に私の前に立って、にこっと笑う。

「…俺決めてたんです。先輩のあのスッゴイ記録を抜けたら先輩に告白してやるんだ、って。今日それが達成できて、俺、すっごくうれしいんです。」
「…要するに宮坂は私に何が言いたいの?」

「好きです、先輩。」

突然の告白にびっくりしつつ目の前の宮坂を見れば、緑色の瞳がしっかりと私をとらえていた。こんな真剣な表情をした彼を見るのは初めてで、返す言葉が浮かばなかった。やっとのことで言ったのは

「え、冗談?」

なんともデリカシーのない言葉を言ってしまったと自分でも後悔しているが、そんなことより、かわいい後輩だと思っていた宮坂に告白されるだなんて思ってもみなかった。

「本気ですよ、俺。」

そう言っていつものように抱きついてくる彼に少しだけ安心する。さっき好きだと言われてから、宮坂の事を一瞬でもかっこいいと思ってしまって宮坂が宮坂じゃない人間に見えてきて鼓動が急激に速くなり、そんな自分に少しだけ戸惑った。でも目の前で私に抱きついて甘えている宮坂はやっぱりいつもの宮坂だと思わせてくれた。


宮坂の頭を軽くポンポンと叩き、「私より身長高くなったら考えてあげる。」と言えば、彼はすこしがくっとした様子を見せながらも「いまに見ててくださいよ!」といって、それから私の家の前についてからはこちらに振り向きもせずに走って帰って行ってしまった。



まだ少しだけどきどきしている。あの告白のちゃんとした返事は私が宮坂の記録を破ってからにしようと心に決めた。それはたとえ宮坂がそれより先に私の身長を抜いたとしてもだ。

「絶対あの記録破ってやる。」


一番の称号だけでなく心まで宮坂に奪われるなんてたまったもんじゃない。そんなことを思いつつ、私は宮坂が走っていった道を見つめ、小さく笑った。











リズム
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負けず嫌いな先輩と宮坂
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