慰めて

早朝の日課となってきた左大臣家への訪問。神子の護衛に呼ばれなければ仕事へ戻るなり自由だが今日は別段予定もなく、友雅は廂を出た階の前で新緑の眩しい庭を何となしに眺めていた。
とたとた、と控え目な足音に視線を移せば神子達と共に異世界より飛ばされてきた女人が向こう角から姿を覗かせ、瞳が合う。

「あ、友雅さん」
「おや、千紗殿。君も暇を持て余しているのかな」
「君“も”って…友雅さんお暇なんですか」
「生憎と共に選ばれなかったものでね」

それを聞いて合点が行ったのか千紗は「ああ、」とあかね達が出て行った門の方を見遣る。その唇には何か思い出したのか笑みが浮かんでいた。

「何かあったのかい?」
「ああ、いえ…」

聞いてみれば千紗は少し迷う素振りを見せ言葉を濁すもどうやら話す気はあるらしく、隣まで来ると簀子に座っては友雅と同じ様に庭を眩しげに見遣った。

「最近あかねちゃん、恋をしてるんじゃないかなぁって。今日も楽しそうに出掛けていったし…」
「…なるほどね」

確かにここのところの神子は京を救う大役に張り切りながらも何処か浮かれているようにも映っていた。それが恋の所為かと言われれば納得だ。相槌を打ちながら友雅もその場に腰を下ろす。
片手で弄んでいた蝙蝠を開きひとつ扇いで自らへ風を送るとほんのりと千紗のものであろう香が薫ってきた。おそらく、侍従の香。女性が纏う中で最も好ましく思うその香りに友雅は静かに目を細める。

「あかねちゃんは恋が楽しそうでいいな…」

独り言のように零れ出た言葉にそちらを向けば、今にも泣き出しそうにも見えた。

「…千紗殿の恋は、苦しいのだね」

何も返さなかったが千紗の指先にぐっと力が入ったのを、友雅は見逃さなかった。
この女性(ひと)もまたしているのだ、恋を。そして今、苦しい局面にいるのだろう。明るく恋に生きる神子が眩しく映るのも無理はない。しかし本気の恋を未だした事のない友雅には、心痛に顔を歪める千紗さえもが輝いて見えた。恋する女性は何故こうもいじらしく、美しいのか。

「苦しい、です。どうしたらいいんですかね…」
「そうだね…そんなに苦しいのなら思い切って相手の男に抱きついてみてはどうかな?存外、慰めてくれるかもしれないよ」

肩の力を抜いて欲しくてそう言った。自分よりまだ年若い彼女はこれが最後の恋と言う訳でもあるまい、気楽に考えればいい……と。何より、千紗には涙で頬を濡らしてほしくない。
それは煩わしいからではなく、彼女の目一杯の笑顔が好きだからだった。
故に友雅は、笑みを乗せた唇を滑らかに動かす。

「なに、もし断られても私が慰めてあげよう」

すると当の千紗は大層驚いた様子で顔を上げて友雅に向き直った。すぐまた愁いを帯びた思案顔になり視線を逸らされてしまったが。

「…ほんとに、慰めてくれます?」

その声はか細く、切実さが滲む。
友雅もまた千紗の方に向き合い真っ直ぐと見据えた。その動きに千紗もちらりと上目で彼を見る。

「ああ、勿論」

友雅が言い終わり駄目押しとばかりにしっかりと頷いたのを確認し意を決したように瞳に強かな色を宿したのを見て、友雅が彼女は想い人の所へ行くのだろうと気を抜いた瞬間―――千紗は友雅の懐に飛び込んできた。

咄嗟に受け止めたが流石の友雅も驚き目を見開いて腕の中を覗くが顔を上げない彼女の表情は読めず、確と着衣を握られてしまっている。

「……千紗殿。私はまず相手の男に慰めを乞いなさいと言ったのだが?」
「はい…今、聞きました」
「おや……、」

暗に想いを告げられ、これはやられた、と慰める為に華奢な背中を撫でつつ友雅は息を吐いた。同時に、何も悪い気がしない自分に驚いてもいて。
彼女の恋の煌めきは友雅に向いていた……それを知り、胸奥がむずむずとするような心地を味わわされ僅かに熱を持つ頬に気付き、決まりの悪い顔をしてみるが千紗はかんばせを伏したまま。

髪の隙間から覗く耳が赤い。相当に照れているのだろう。悪戯に唇を寄せたくなるが今しているのは“慰め”だからと、己を律した。代わりに頭を撫で、指とおりの良い髪に優しく触れる。



「―――ふふ。こんな事してもらえるなら、恋も苦しいだけじゃないかも」

暫く撫ぜた後、そうっと顔を覗かせた千紗はやはり朱に染まり、けれどもとても嬉しそうに笑うその様は友雅の好いていた『目一杯の笑顔』そのものだった。
苦しみを取り除けたのか。そう思うと釣られて頬が緩む。

(胸が熱くなり、初めて恋を知るようだ。きつく彼女を抱き締めてみれば、これが情熱なのかもしれないと確信に近付く。口付ければ、どんな表情を見せてくれるのだろうか……今はまだ、楽しみは取っておこう。)



慰めて、芽吹く恋


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