友雅夢、銀時 | ナノ

ホワイトデー


それは、バレンタインから数日経ってすぐの事だった。


「え、アルバイト?」

友雅さんの口から意外な単語が出てきて、思わず聞き返す。

「そう。いつも行っている古書店の店主がね、良かったらどうだと言ってきていたんだ」

―――近所の古書店。昔ながらの小さなお店で、店頭には如何にも古めかしい本が平積みされており、薄暗い奥に入っていくと壁一面に棚が並び隙間無しに本が詰まっている。棚からはみ出た規格外の本は美術に纏わるものが多く、表紙に惹かれて開けば時間を忘れて見入ってしまう……そう楽しそうに語ってくれたのは他でもない友雅さんだ。私は勇気が出なくて入った事はなかったのだが、店主のお爺さんとも懇意になったらしく常連となった友雅さんから話をよく聞いている。
それにしても…異世界の平安時代からやってきた、左近衛府少将のお貴族様が、古本屋でアルバイト。全然想像つかない。

「友雅さんが、お客さんの相手したりレジ打ちとかやるんですか?」
「そんなに客が来ない店だから大丈夫だと思うよ。多少来ても、こちらのお金の制度も慣れてきたし…店主も歳だからと、代わりの店番が欲しいそうなんだ」
「なるほど。それなら良いかもしれませんね。のんびり出来そう」
「ふふ、それが一番の魅力さ。君に認めて貰えて良かった…早速明日からと急かされていてね」

友雅さんもお仕事、か…。そうだよね、いつまでも無職でいる訳にはいかないだろうし……でも何でかな、少し寂しい。友雅さんが一人で生活出来るようになったら、出て行ってしまうのかな…この関係にも終わりが来るんだろうか…?
始まりがあれば終わりもある事なんて、あの人が消えたとき痛い程知った筈なのに。いずれ訪れるかもしれない別れを考えたら体の温度が急速に冷えていく。

「千紗殿?」
「あ…、すみません。慣れない仕事、暫くは大変かもしれないですが、頑張って下さいね」
「ああ、ほどほどに励むとするよ。それと給料日は相談して、十日になったから…ホワイトデーは、何か美味しい物を食べようか」
「…!いいですね!もう暖かくなってきたらあんまり鍋出来そうにないですし、お家で盛大にお鍋祭りにしましょうかっ」
「いいね、そうしよう。美酒を付けてくれると尚良い」
「勿論ですよ!」

この先別れがあるとしても、今度の友雅さんとのホワイトデーは楽しめると良いな。彼に他意なくとも、ただお返しを考えてくれている事が嬉しかった。

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