友雅夢、銀時 | ナノ

チョコレート



「バレンタイン、か……」

買い物に来ていたスーパーで足を止めたのは一際目立つ場所に作られたピンクや赤で彩られたコーナー。節分も過ぎて豆が置いてあった所も今はチョコがひしめいていた。去年までは私も奮って参加していた海外輸入のその行事、でも今年はどうにも…悩ましかった。

(チョコレート菓子を簡単に手作りできるキット…へえ、こんなのもあるんだ。洋酒入りの生チョコトリュフ、友雅さん好きかな…)

悩ましいと言いつつも手に取ってしまったのは心の底では参加したいからに他ならない。もう想い通じあった恋人同士なら迷わずいられたんだけど…。

「千紗殿、何かあったかい?」
「へあっ?!い、いえ。ちょっと追加で…あ、覚え書きのこれで全部ですよね?私買ってきます!」

今まさに想っていた当人に急に声を掛けられ素っ頓狂な声を上げてしまったが何とか誤魔化し、逃げるように買い物かごを奪い取りレジに急いだ。……手に持ったチョコレートのキットをそっと、かごに入れながら。

バレたかな?いや、友雅さんはバレンタインという行事は知らないはず…多分大丈夫…大丈夫と思っておこう!


会計を終えるとレジ待ちの間に回り込んでいたのだろう、友雅さんが待っていた。そんなに買う物はなかったから店員さんに商品を詰めてもらった買い物袋を極々自然に私の手から受け取ってしまうと、横に並んで歩き出す。その歩みは身長のある友雅さんならもっと早いだろうに、私に合わせてくれているからゆったりとしたもので。さり気ない優しさに触れる度、心が温かくなって…切ない。

――遙か遙か遠く、平安時代のような異世界から飛ばされて来たという彼は、やんごとない身分の貴族であったらしい。端整なお顔、品もあり物腰柔らかい。こちらが恥ずかしくなる位大事にしてくれて、甘い台詞もすらすら言ってしまう。確実に女性にモテる…光源氏のような人だったんだろう。
彼が飛ばされた場所にたまたま居合わせ保護して……他に頼れる人もいないという事で、諸事情で一人で住むには広いマンションに暮らす私は友雅さんと同居する事になった。

私たちの関係にはまだ、名前はない。

私は好きだ。少なくとも。じゃなきゃ、こんなに胸が高鳴ったりしない。おそるおそる斜め右上を覗き見る。友雅さんの碧翠の瞳、綺麗。鼻筋はすっと通っていて整っている。ふんわりとした柔らかそうな長い髪は外では一つにまとめてるのが新鮮で良い。それとそれと……

「私の顔に、何か付いているかい?」
「…!は、鼻が付いてますよ。口も!」
「ふふ…それは君も同じだろう」

気配や視線に敏感。武官だったらしいから、かなぁ。そんな所も格好良い。…駄目だ、この気持ちを自覚してからどんどん深みに嵌っている気がする。ちょっと冷静にならないと……友雅さんには前に想い人がいたみたいだし…。

『あちらに居た時…こちらの世界から来た、清らかな少女に恋をしていたのだよ。……破れてしまったけれど、ね』

そんな話を聞いたのは何時ぞやのお酒の席。今もまだ、好きなのかな…あ、浮かれてた心がずーんと沈んできた。

「…大丈夫かい?今度は浮かない顔だよ」
「あ、ハイ…外に出たら寒くて寒くて。早くコタツに入りたいですね」
「あれは確かに名品だね。私も出たくなくなってしまうよ」
「分かります!全部手の届く所に物を置きたくなっちゃう」

ああ、やっぱり…好き。
言葉を少し交わしただけで簡単に浮かぶ恋心を持て余しながら、ゆっくり歩いて家路に着いた。



「じゃあ、行ってきます」
「あぁ、気を付けてね」
「はい。夕方には戻りますから」

バレンタイン当日。
今日は休日で友達と外出、という事になっている。本当は一人でチョコ作りに行くんですけどね…。家で作ると友雅さんに理由を訊ねられるだろうし、友達の家のキッチンを借りるには友雅さんと住んでいる事をカミングアウトしなきゃだし…と私が選んだのはレンタルキッチンを借りるというお金ありきの選択。

(正直、一時間千円は痛いけど…今回はやむを得ないっ!)

足りない食材とかラッピングを買い足して、予約していたキッチンへ。その途中には休日という事もありカップルらしき男女で溢れていて何とも居心地悪くなった……けれど頭の中でどれだけ悪態を吐いても最後には“私もこうなれますように”なんて祈りを抱くばかりだ。

このチョコレート作り、絶対に失敗できない…!



結論から言うと、なかなか上手く出来た。少しラッピングのリボンがよれっとなってしまったけどまぁ許容範囲(という事にした。)トリュフは均等な丸型じゃなくてもココアパウダーで誤魔化せたし、味見した一つも美味しかった。流石一揃いになったキット…無駄に多く入れたりしないからスイーツ作りの得意でない私でも失敗なく出来たんだ。
チョコレートの小さな包装箱に見合ったサイズのブラウンの紙袋に収めて友雅さんの待つマンションに帰る。

(よし…友雅さんはバレンタイン知らないだろうし、こう、感謝的な気持ちで作りましたって言おう。好きな気持ちを伝えるのは二の次に……。)

無事用意できた安堵感からか私はすっかり完全に守りの姿勢に入っていた。

「ただいまです」
「おかえり」

リビングに行くと、友雅さんがコタツに入りながらテレビを見ていた。その画面に映っていたのは今日のイベント【バレンタインデー】の様子。

『彼氏さん、チョコレート貰いましたか〜?』
『貰いました!エヘヘ、手作りのやつ』
『彼にもう一回告白して…ウフフ』

「ばれんたいん…とは、女性が男性にちょこれーとを渡して想いを告げる日なのだねぇ」
「そっ…そうですね!」

バッ!!と音が出そうなくらいの速さで体の後にチョコを隠した。いや、渡すつもりだったのに私何してるの?!でも今渡したら「あなたが好きです」って言ってるも同じ!いやいやだから言おうとしたのに私!あれだ、つまり……

このテレビの流れに…乗せられて告白しましたって印象がついてしまうのが嫌なんだ!!

「いや〜、ははは…外寒かったぁ」

我ながら変な意地を発動してしまったけれど、雰囲気は大事。なるべく自然な感じを心がけコタツに入る。紙袋はさり気なく体の横に。もう少し…もう少し良い雰囲気になるか、テレビ消してから……。
上着を脱いで畳み、友雅さんと一緒にバレンタイン特集を眺める。わー…ブランドのチョコレートすごく美味しそう。自分で作ったチョコが霞んで見えてきてしまう。タレントの女の子が紹介された中から選び抜いたチョコレートを有名司会者にプレゼントしていた。

『ホワイトデーのお返し楽しみです!』
『男としては難しいんだよなぁ』

「千紗殿、ほわいとでー、とはなんだい?」
「えーと…バレンタインでチョコを貰った男性が女性にお返しとして贈り物する日です。丁度ひと月後の三月十四日なんですよ。」
「なるほどねぇ…それも菓子なのかい?」
「お菓子もありますね、でも鞄とか指輪、身に付ける宝飾品をねだる子も多いみたいです」
「女性には高価な物を、か…どこでも同じような苦労があるのだね」
「友雅さんの世界でも?」
「まぁ、決まった日取りはないが…」





談笑が盛り上がるなか、やたらと番組より大きくなるCMの音は耳に届いていた。

『蕩けるチョコレートの濃厚食感……』

蕩ける…チョコレート……ハッ!?

「ああっ!溶けちゃってるかも!!」

横に置いてた紙袋を覗いても、中身は分からない。コタツのすぐ傍に置いていたから…袋はほんのり温まっていて冷や汗がぶわっと吹き出た。

「それは…?」

不思議そうにする友雅さん。そうですよね、こんな大きい独り言、説明しない方がおかしいですよね…。私は思わぬ失敗に目が潤むのを感じて顔を俯かせたが、ようやく意を決して両手で持っていたその紙袋を友雅さんに差し出した。

「これっ…作ったんです。友雅さんに……チョコレート」
「私に…?」
「友雅さんが来てから家事とか沢山手伝って貰っちゃって助かってますし、仕事で疲れて帰ってきても友雅さんが居てくれて凄く…癒されてます……それで、感謝したくて」
言い訳のように早口で捲し立てるうち段々恥ずかしくなってきて、ゆっくりとした小声になった。
かさり、と音がして顔を上げると友雅さんが紙袋を受け取ってくれている。

「まさか今日知ったちょこれーとを貰えると思わなかったよ。ありがとう…今頂いても?」
「もちろんっ…あ、溶けちゃってるかもしれないんですが…」
「ふむ…確認しよう。それにしても可愛らしい包装だね。解いてしまうのが勿体ないな」

バレンタインの意味を理解した上で受け取り、微笑んでくれた……感謝の気持ちって事にしてしまったけれど。丁寧な手付きでリボンが解かれていく様を固唾を呑んで見守る。中身は無事だろうか…?
蓋が開かれると、入れた時と同じく生チョコトリュフがお行儀よく並んでいた。良かった、完全に溶けてはいなかったみたい。

「これがそうなんだね…では頂こう」

友雅さんがそうっと摘んで一粒、口に運ぶ。

「…本当に甘いね。少しお酒の味もするかな」
「はい。友雅さんお酒好きだから洋酒入りのにしたんです。どう…ですか?」
「うん…、美味しいよ。ちょうど口の中で蕩けていくね」
「良かったぁ…」

「ほら、君も食べなさい」

言って、蕩けそうな甘い笑みで差し出されたのを突き返すなんて事は到底出来なくて。所謂「あーん」ポーズである事に今にも叫び出しそうな羞恥。実際には声すら出ず大人しく口を開け、ココアパウダーが広がらない様に一口で頬張ると唇に指先が触れてしまい反射的に身を引いた。その指先に体温に溶けたチョコが残り、友雅さんがそれを舐め取っている光景がやけに艶っぽい。というか、関節キスってやつですソレ。こんな事に逆上せそうなの、中学生ですか私は。
もうチョコの味なんか分からなくなってるけど何か言わなきゃ…何か……

「おいしいデス…」
「だろう?」

これでは自画自賛。でも味見をしたときもそう感じたから間違ってはない筈…口内の噛む必要のないくらい柔らかなチョコを一度嚥下したら、鼻に抜けていくブランデーの香りに気付けた。その間に友雅さんはもう一つ美味しそうに食べてくれている。

「私も何か…お返しをしないとね」

反応が気になるとはいえ、人の食事シーンを凝視するのは良くないかな。そう思って視線を下げたとき、友雅さんが口を開いた。

「そんな、良いですよお返しなんて!」
「いや…いつも世話になっているのは私の方だ。君とこうして暮らすまで、抱えた傷が癒える事などないと思っていたけど…」

少しだけ、彼の笑顔に翳りが差す。言葉を挟もうか迷い口を開きかけたけど上手く言葉を選べない。でもそれだけで私のしようとした事を察したのか、友雅さんはすぐに陰を引っ込めて穏やかに瞳を細めた。

「私も、君に癒されてるよ。…ひと月後、私なりにお返しを考えておくから待っていてくれるかい?」
「じゃあ…楽しみにしてます」

言いたい事は飲み込んで、そう返して笑い合った。

まだ何もかもを言えなくてもいい。貴方にも私にもそれぞれ過去があって、痛みを抱えているんだろう。それを癒し合えてる事実があるなら、今はまだ……高望みはしない。

とりあえずは、そう。ホワイトデーを楽しみに。

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