友雅夢、銀時 | ナノ

ホワイトデー


気が付けば家に着いていた。
ハッと我に返ったらコートを着たまま居間で正座、友雅さんに触れていた方の手は小刻みに震えている。

(私の手、頑張ったね…!)

断片的な記憶はある。一緒の電車は視線が集まってやたら緊張した気がするし、いつもより高級なスーパーで高そうなお肉と野菜を買い込んでいた覚えがなんとなく…。どの記憶も手が離されたときで、乗った後や会計後にはまた手を繋いでしまい意識がぶっ飛んでしまった…という推測。先月に続き我ながら学生でもないのに情けない。

「千紗殿、ご飯の前に少しいいかな?」
「…?はい」

台所に荷物を置いて戻ってきた友雅さんの手には小さな可愛らしい包み。彼は私の前に腰を降ろして、それを差し出した。

「バレンタインのお返しだよ。開けてご覧」
「あ、ありがとうございます!」

ドキドキ…。
よく見れば包みは春めかしい和柄で、受け取って丁重に包装紙を解いていくと一本簪が一つ。黒が基調の柄、飾り部分は可愛らしく小さなピンクの花が数輪並んでいる。桜でも梅でもない、これは…

「桃の花?」
「そう。君に似合うかと思ってね」
「可愛い…春らしいですね!」
「気に入ってくれたかい?…この頃寂しそうな顔を見せていたから、これを着けて気分が少しでも華やげば良いのだが…」
「友雅さん…」

この人は…微かな変化にも気付いてしまうんだなぁ。思い上がりかもしれないけれど、日々私を見てくれていたのかと目頭がじんわり熱くなって涙が出そうになる。

「…前の恋人が、忘れられない?」
「へ…?」
「原因がそうなら、私では取り除いてあげられないかもしれないが…」

思い掛けない問いに友雅さんの顔を見てみれば自嘲めいた笑いが浮かべられていて、その悲しく淀む瞳に考えるより先に首を横に振った。

「い、いえっ!彼の事は、もう…もう、いいんです…。将来を考えていたし突然別れられて凄く…ショックでしたけど…。…私が寂しく思っていたのは、その…友雅さんが……」
「私が?」

先を言い淀むと、まるで子供にするように優しく背中をさすってくれて…、急かしもせず答えを待つ友雅さんにちゃんと説明したくて止まってしまいそうになる口を動かす。

「友雅さんが、こっちの世界の事も沢山覚えて、働き始めて、電車も乗りこなして…良いことの筈なのに、いつかこの家から出て行ってしまうかもしれないって想像すると怖くなって… 」

ああ、こんな。こんな自分勝手な寂寥感を打ち明けるつもりなかったのに。

「さみしくて…私を置いていかないで、ほしくて」

感情が、願いが、想いが…全部ごちゃ混ぜになった涙がひと粒になり堪え切れずに頬を伝う。
慌てて零れた涙を拭おうと手を伸ばしたけどそれは友雅さんに抱き締められてしまって叶う事はなかった。

「っ、ともま「…裏目に出てしまったな」

目の前の広い胸板、自分と同じ服の匂いに混じった友雅さんの香りに戸惑う。

「私も君の力になりたかったんだ。この地に飛ばされて何もかも失ったと思った…けれど、君が守ってくれた。この命も、心もね…。今度は私が君を…支えたい。だからまず仕事を貰ったのだが…逆に寂しい思いをさせてしまっていたのだね。すまなかった」
「私を支える、ってその、それは」
「好きだよ、千紗殿…君を一人にはしないから、どうか泣かないでおくれ」

…頭が追い付かなかった。真意を確かめるべく顔を上げればしっかりと視線がかち合い、友雅さんの顔が近付いて…行われる事を理解するより早く反射で瞳を瞑った瞬間、くちびる同士が触れ合う。たぶん、時間にしたら僅か数秒。でもそれがとても長く感じて緊張に身体が強張り、両手にある簪をぎゅっと握り締める。
離れていっておそるおそる目蓋を開けると鼻先触れるほど近くに友雅さんが居た。

「私では駄目かな…?」
「だ、駄目なわけないです…!」

そう。駄目な訳ない。だって本当はバレンタインデーに私が言うはずだった気持ちだ。

「私も…好きです。友雅さんが好き。本当は先月チョコレートと渡す時に言おうと思ってたのに…臆病になって、言えなくて…ごめんなさい」
「良いんだよ。あの時君に感謝の気持ちをもらったから、私もこの気持ちを伝える良いきっかけになった…だからね、どうか笑って、愛しい人。私の好きな、君の笑顔を見せてくれないか」
「ええと…はい」

泣いて化粧は崩れてるかもしれないし、恥ずかしいやら申し訳ないやら…それでも求めてくれるならと、ぎこちなくても目を細め口角を上げて精一杯笑ってみると友雅さんもにっこり微笑んでくれた。

――ぐうぅ。

「…あ」
「おや?」

もう一度くちびる触れそうな距離で瞼を閉じかけたタイミングでお腹が鳴った。やたら通って聞こえたせいでとてつもなく恥ずかしく、これでもかというほど顔中に熱が集中していく。

「あはは…すみません…お鍋、食べましょうか?」
「…ああ、そうしよう」

あの友雅さんでさえ甘い雰囲気ではなくなって、くつくつと喉奥で押し殺すように笑い出してしまい私も誤魔化すように笑った。

(思い描いたのはこんな愉快な雰囲気じゃなかったハズなんだけど…私たちらしいかな)

その日のお鍋はいつもより豪華で、何より…心まで温まるような優しい味がしたのでした。

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