用務員さんと私-文化祭準備- 8月が終わったから暑さが和らぐと思ったか馬鹿目が!と、言わんばかりの猛暑日。 じんわりと滲む汗を時々タオルで拭いながら私は始業式、最初のホームルームを迎えていた。 無事宿題も全て提出し終えたし、憂いはもうない ……はずだった。 「10月23日は文化祭だ。それに向けて準備を進めていくから、皆出し物について考えておくように」 ホームルーム最後に惇先生はそう締めくくった。文化祭…そういえば去年、学校見学を兼ねて来たなぁ。各クラスや部活が様々な催し物を展開していてそれはもう盛大なイベントだった。 今年は自分がそれに参加するのか…私は思いを馳せつつ感慨深げに息を吐いた。 出し物といえば…喫茶店、クレープ、焼きそば…あれ?食べ物ばっかり。そんな考えも束の間、帰ろうと教室を出た先で私の行く手を阻んだのは夏休みの始め、用務員室で見た面々だった。 「宮本さん、ちょっといいかしら?」 郭嘉先輩ファンクラブの皆様…。 お育ちの良さげな上級生らしきお嬢様4、5名ほどが、腕を組み此方を睨み凄んでいる。 暑さからとは違う嫌な汗がどっと吹き出した。 そんな、漫画のようなことが…現実に起こるなんて、まさか。 私の思考が追いつけないのをいい事に腕を引っ張られ移動を余儀なくされる。 連れてこられたのは、人気の少ない階段の踊り場。 「貴方が、夏休み中に何回も郭嘉様と会っていたというのは…どういう事なのかしら」 ダンッ 腕ごと乱暴に壁に打ち付け追いやられた。 乱暴とはいっても、女子の力だからそんなに痛みは感じない。私は心細さから鞄を抱きしめて、けれどはっきり彼女たちを見て声を上げる。 「私はただ美化委員の活動をしていただけです」 「嘘!郭嘉様に近づこうとしていただけでしょう?」 どうやら私を追い立てる目の前の女性がリーダーなんだろう。 聞く耳持たないというように食い気味に言い放ち、私の言葉を打ち消す。……本当に、ヤラセとかではないんだろうか。私が泣いたりしたら「ドッキリ大成功」という看板とともに郭嘉先輩が出てきたり…。いやでも、そんな無暗に女子を泣かせるような人ではない…と思いたい。 周りをきょろきょろしても、それらしき人気がないことを見ると、やはり本当に「ファンクラブからの制裁」みたいだ…。 「そんなに周りを見ても人なんか来ないわよ」 人払いをしてある、という事か…。ふふん、と得意げに笑われても、こちとらまだ実感がない。しかし、いつまでもこんな所で囲まれて居たくはないし…。 「それで…私はどうしたらいいんですか?」 「決まっているでしょう。もう郭嘉様に近付かないで頂戴」 「え、それでいいなら。そうします」 元々接点などなかった。たまたま夏休み一緒に委員活動しただけだ。三人での活動は楽しかったし、先輩も悪い人ではないが、こんな風にファンに絡まれるなら話は別。上級生に目をつけられるなんて、面倒くさいことは出来る限り避けたい。 私はすんなりと首を縦に振った。 そんな反応を見て目を丸くした彼女たちは、お互いの意思を確認するように顔を見合わせ、やがて頷く。 「わ、分かればいいのよ」 やや拍子抜けした風のリーダー格の先輩は手で長い髪をさらりと撫で付け、さながら悪党の如く言い放った。 ―――その時。今まで気配のなかった階段の上の方から誰かが降りてくる足音。 「おや、君たちは…」 音の主は郭嘉先輩。 偶然というにはあまりに出来すぎている舞台。馴染みであろう自分のファンの彼女たちと、それに囲まれている夏休みに一緒に活動していた後輩……状況はとてもシンプルで分かり易い。ゆえに、彼女たちは先輩を前に焦り、会釈だけして足早に去っていった。 それを見送ると郭嘉先輩は一つ息を吐いて、私の方に向き直る。 「怖い思いをさせてしまってごめんね。あの子達はいつもこうなんだよ」 「いつも、ですか…」 どうやら私が初めてではないらしい。そして、先輩もそれを把握している。事態が落ち着くのを待っていたのだろうか。緊張が解けたからか、全身の力が抜けて私も大きく溜め息をつく。でも先輩のせいではない。彼女たちが勝手にやったことだし、謝られても少し困る。 「そうだ、お詫びに何か奢ろうか。甘いものは好き?」 「えっ!いえいえ、助けてもらったのにお詫びだなんて、それにその台詞は私のもので!」 「…?いいんだよ、珠美さんは気にせずとも」 「気にします!郭嘉先輩と賈クさんのおかげで自由研究提出できたので!」 「あ、そうか。レポート完成したんだね。最初は賈クさんしか出てこなくてどうなるかと思ったけど…」 くすくす、と思い出し笑いを漏らす先輩の言葉に、二人に賈クさん観察日記を読ませてしまった出来事が思い出され顔に血液が集中しだす。 「あ、あれはその!本当にお時間をおかけして…うう、最初のは忘れてください…!!」 「ふふ、とても面白かったよ…忘れられないな。でも、珠美さんは本当に賈クさんが好きなんだね」 図星。 「先輩!その事はどうか賈クさんには…っ」 「そうだね…では、その代わりに」 “その代わり”…その言葉が出れば当然、交換条件を出されるという事だろう。咄嗟に身構えた私の様子を見て先輩は邪気もなくニッコリ微笑んだ。 「私に近付かない約束…あれをなかった事にしてもらえるかな?」 「…へ?」 「折角珠美さんのような面白い人と知り合えたんだ…是非とも友達になってほしくてね。ああ、それから…君に危害を加えないように彼女達に約束させよう」 「そんな事でいいんですか…?」 「うん」 先輩の方が手間のかかる条件な気がするけど、ご本人が良いと言うなら良いのかな…。 「じゃあ、その…よろしくお願いします、郭嘉先輩」 「よろしくね、珠美さん」 ◆ ピコン。 家に帰り自室で寛いでいると携帯電話が鳴った。アドレスを交換した郭嘉先輩からだ。 『お近付きの印に賈クさんの好きな食べ物を教えてあげようか。賈クさんは肉まんが好きみたいだよ。体力がぐっと回復する感じがするんだって。不思議だけれど私も何だか分かる気がする』 肉まん…それは有力情報を得た…! そして数日後の文化祭のクラスの出し物会議は、私の強い主張でチャイナ喫茶に決まった。 拍子抜けする程みんな肉まんが好きで賛成の嵐。 これで賈クさんも遊びに来てくれるハズ! そして、レポートのお礼に試作品を持っていこう。 ――そんな企みを巡らせている間も会議は続いていて、 「それなら皆チャイナ服を着たら楽しいですわね?」 「シン姫様、良いお考えですわ! 」 ………えっ? どうやら私、人生初のコスプレをしなくちゃいけないみたい…? どうなる、文化祭―――!! |