廉直な恋


いつも一緒にいる人がいる。
別に特別仲が良いというわけでなくて、
配属された場所が一緒であったり、共に仕事を多くこなしているだけなのだ。

当然、食事をする機会もあるし、それなりに会話したりする。
寡黙な人だが、ぽつぽつと喋る言葉は誠実で、己の信念を確固たる物として持っている人だと、武の道の人として尊敬していた。
自分は文官で非力ゆえ、その憧れは他の人よりずっと強く持っていると思う。

でも、最近何だか変なのだ。
何かいつもと違う雰囲気で、改まって此方に来るので、私はなんとなく避けてしまっていた。

「ああ、珠美殿、少し話が…」
「…!すみません、ちょっと用事があって!」

今日もまた逃げてしまった…。
最近、張遼殿の顔がまともに見れない。
胸を締め付けられるというか、鷲掴みされるような苦しみ。

これが俗に言う『恋』かもしれない。
けれど、ずっと近くに居た人に、急にこんな感情が生まれる物なのだろうか。
確信が持てないままに張遼殿を避けていても、ただ失礼なだけだ…。
生まれてこの方、恋沙汰に疎い私は誰か相談できる人はいないものか、と頭を抱えていた。

郭嘉殿はその筋には大変力はありそうだが、誠実でない気がするし、同じ女人である蔡文姫殿や甄姫殿には中々目通りが難しい。自分は女官ではないので、中々友人も…。

城の中庭で塀の縁に座り込み、一人で考えあぐねていると、思わぬ人から声がかかった。

「よぉ、珠美じゃねぇか」
「か、夏侯淵将軍…」
「そんなに困った顔して、なんかあったのか?」

周りをよく気にかけてくださるこの方なら、何か助言をいただけるかもしれない…。私は勇気を出して、夏侯淵将軍に相談してみる事にした。

「実は…」

一通り経緯を話した後、夏侯淵将軍は困ったように頭を掻いた。

「あ〜…何ていうかその、それは恋って奴だな、確かに」
「や、やはりそうなのでしょうか…」

こんなこと、自分の親にも話したことがない。
恥ずかしくて消え入りたい気持ちだが、折角将軍が考えてくれているのだから、と私は何とかこらえていた。緊張で手は少し汗ばんでいる。
一方将軍の方は何故か表情が緩ませ、笑みを浮かべている。

「でもそうか、なら、あいつとりょ…」
「りょ?」
「あっいやいや!なんでもねぇ」
「な、なんですか将軍、結局私はどうすれば…」
「うん…あいつの話ってのを、ちゃんと聞いてやればいいんじゃねえか?」

『自分の気持ちが分からなくて、戸惑ってるのもわかるけどよ、張遼のやつと向き合わなかったら、ずっと解らんだろ?怖い話じゃないって。お前より張遼と一緒に居た俺様が保証する!いっちょ行ってこいや、珠美』

という励ましを頂いて、私は何だか感動してしまっていた。
流石、夏侯淵将軍だ、気が軽くなった…。
背中を押されて…というより叩かれて、私は張遼殿の元に訪ねることになった。
ただ、まだ執務が残っていたし、当日中には無理か、と諦め自室へと戻った矢先、廊下へと続く扉の向こうから声が聞こえた。

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