なみだもわすれて


「どうして無茶したんですかっ…!」

私は怒っている。
戦場の偵察から片足を引き摺りながら帰ってきた、張コウ将軍に。
護衛の任につくはずだった私を一人自軍の陣営に置いていき、少数の兵しか連れずに偵察に出たのだ。
敵に襲われた訳ではないというが、それ以上教えてはくれなかった。

目の前の寝台の上で壁に凭れている将軍は、いつもの艶やかな顔を少し曇らせている。
挫いたらしい足には包帯が巻かれ、痛々しい。

「困りましたね…貴女を怒らせるのは本意ではないのです」
「仮にも親衛隊である私を置いていき、その上怪我までして帰ってきたら…怒るに決まってるでしょう?」

そう、私は張コウ将軍を守る為にいるのだ。
女だてらに武を磨き、ようやく認められて親衛隊になった。
張コウ将軍は『女人であることを忘れぬように』と、たまにかんざしや耳飾りを下さったけど、私は身に付けなかった。
もちろん将軍の選んで下さった物は何れも美しく、螺鈿細工や細かい刺繍が入ったもの、色とりどりの石が埋め込まれたもの等……私も惹かれたけれど、自分のような武一辺倒で生きてきた女に、似合うとは思えなかったから…。

そういった美しいものはやはり、張コウ将軍に似合う。
だから、自身を飾るより私は将軍を守りたいのだ。


なのに怪我をさせてしまった。
あなたが、蝶のように舞う姿が好きなのに、


「珠美、泣かないで下さい」

いつの間にか涙で視界がおぼろげだった。
心配そうに私を見る、張コウ将軍。

「怪我をしたのは私の落ち度。貴女のせいではありません」
「で、でも…」
「こちらにいらっしゃい」

素直に指定された将軍の寝台の上に腰をかける。
すると、将軍はまだ潤む目許の涙を指で拭ってくれた。

「貴女にこれを」
「これ、は…?」

寝台の脇にあった綺麗な布の包みが、私の手のひらにそっと置かれた。
ゆっくりと解いていくと、可愛らしい小さな花が、一輪。

「足場の悪い所に、この花が一輪だけ咲いていたのです」
「…!もしかして、これの為に?」

確かに、小さいが鮮やかな朱色で凛としていて綺麗だけど、このために足を挫くなんて…張コウ将軍らしくない。
怪我については気恥ずかしいのか、苦笑いを浮かべながら包帯が巻かれた足を隠すように撫でていた。

「何故、そんなにもこの花を」
「この花は…他にもっと咲く場所があったでしょうに、崖の淵で小さく咲いていたんです。なんだか、貴女のように思えて…」
「わたしに…?」
「えぇ。私の大事な大事な花です」

そういうと張コウ将軍は私の腰に手を回し、将軍の方へと引き寄せ……
えええっ!?
ものすごく近くに将軍の整った顔がある。こんな、近くに。
抜け出そうにも、意外にしっかりと腰を固定されていて敵わない。

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