男だって素直が一番


「はい、これ」

好きでもない、仕事相手の男から手渡されたのは、有名ブランドのチョコレートの箱。
担当してる作家、つまりこの男郭嘉は作品も上々の売れ行き、顔も良しときてこの時期は編集部に大量にチョコレートが届く。中には手作り感のある包装もあるが、それは気持ちとして自分で頂くんだろう。そういう気遣いを見えない所でもやるのが、このモテ男だ。

だが、俺はこんな物が欲しいんじゃない。

「いらん」

ため息と共にチョコレートの詰まったダンボールに戻し入れると、郭嘉が首を傾げた。
去年までお裾分けとして貰っていたのに、急に拒絶する理由を奴は知らない。

「お嫌いなブランドだった?」

「いいや?だがトラブルに遭うのは御免でね」

「ふふ、心配なさらずとも、巻き込みはしませんよ」

巻き込みはしない、という事はトラブルは起こるのだろう。
やれやれ、と呆れ顔でチョコレートの山と向き合う郭嘉を一瞥したが、懸念しているのは別にこの男の恋愛事情のせいではない。俺自身の問題。
仕事一筋って訳じゃなかったが、この年で独身で、ここ何年も女の影すらなかった俺が…今年は居るんだ、愛い奴が。
柄にもなく、今日という日に少し期待を寄せて、定時退社を狙い、休憩時間も惜しんで机に向かっている。
チョコを文字通り餌にし、郭嘉に原稿を持ってこさせて大幅な時間短縮も成功。あと少しで区切りがつく。定時まであと少し、丁度いい時間だ。
時計をチラリと見遣ったついでに、此方の様子を覗き見る郭嘉と目があった。何か俺を探るような瞳。

そして閃いたとばかりにポン、と手を叩き放った一言が

「賈ク、彼女が出来たの?」


「…うるさい」

さすが、色事の勘に鋭い。
これ以上放っておくと余計な事まで詮索されそうだ。

「郭嘉”先生”?用が済んだんなら家に帰って執筆に戻ってくださいませんかね。なんなら、編集長に掛け合って締切日早めてもいいですけどぉ」

「おやおや、怖いね。職権濫用してまでの相手、という事か…」

「変な気を起こすなよ」

興味を示そうとする郭嘉に釘を刺すと、軽く笑って受け流し数個チョコレートをまとめた紙袋を持って帰っていった。
…ったく。無駄に疲れた。
郭嘉が帰って一気に速度が上がり一区切りつけ、伸びをした所で終業のチャイムが鳴った。概ね計画通り。
さて、と。プライベート用の携帯を取り出して見ると、メールが入っていた。珠美からだ。

『こんにちは。会社の近くまで来てるんですが、今日定時でしたら、一緒にお食事でもどうですか?』

…いい年して、とは思ってもニヤけそうになるのを堪えて大丈夫だと返信をする。
俺が定時の日は珍しい。それなのに俺を待つなんて博打に等しい。今日この日だから、珠美も期待してるんだろうか。
期待に応えるように頑張ってしまった自分が少し可笑しく感じるのとは裏腹に体はさっさと荷物をまとめて会社を出ていた。


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