用務員さんと私-夏休み・終章-




私は焦っていた。間接キスが出来なかった悔しさも帳消しに出来る程に。

夏休み最後の一週間、それは私にとって生き地獄。

恋に浮かれ過ぎて、手を付けてなかった山積みの宿題。

せっせと消化して行く私は、最大の壁にぶち当たった。


「自由研究」

最後に追い詰められて宿題をやるタイプの者にとっては宿敵とも言える。
適当にレポートを書く手もあるが、確実にクラスで浮く。こうなったら……聞くしかない。誰かに、助言を求めるしか、ない。
幸い、夏休み最後の美化活動で、郭嘉先輩に話を聞けるチャンスがある。
いつも賈クさんに接する目的のみで活動してきたけど、今回は郭嘉先輩にロックオン、だ。

久しぶりにお弁当三人前を作り、ノートと筆記具も持って、私は美化活動へ繰り出した。



当学院で行われた大会も無事一通り終え、あとは全国だの大きな会場に移るのみで、もうあの暑い中、運動部の人達とグラウンド整備もしなくていい。
最初の頃していたように、箒で廊下を掃いたり、窓を拭く程度。
分担して作業にあたっているため、少々距離が離れた二人を、窓を拭きつつ交互に観察する。
賈クさんは暑さに弱いのか、だるそうだ。生徒がいないからって、時々窓を開けて煙草をふかしている。一方の郭嘉先輩は効率の良い掃き掃除をしている。動きに無駄がない…箒を持っていても様になるというか、格好良いのは何故…。

ふと、先輩と目があった。
私が手を止めているのを見て、にこっと微笑み、窓を拭くジェスチャーをして「サボっちゃ駄目だよ」と口を動かしているように見えた。ううん、お茶目だなぁ。ファンクラブが出来てしまうのは、分かる気がする。

先輩の人気に納得しながら、手を動かす。
真っ青な空と入道雲がはっきりと映されるように、窓を隅々拭いていく。私たち生徒や先生達なんかも、当たり前のように綺麗な窓から外を眺められるのは、こうした美化委員の、ひいては賈クさんの仕事のおかげなんだ…活動を始めて、私はそう実感した。そんな、小さい様に思えることも、好きになっていく原因の一つで…。
そのお手伝いが出来るのが嬉しくて、溢れ出そうな想いをぶつけるように、私は掃除に打ち込んだ。


今日も、正午頃には活動は終わった。
用務員室に戻って掃除用具を片付け終わり、ついに、郭嘉先輩に話を切り出す。

「あのっ…郭嘉先輩、実は、お聞きしたいことが…」

「ん、何かな」

改まって郭嘉先輩に話しかけると、先輩は意外そうに少し目を見開いたがすぐ笑みを湛えて、こちらに向き直った。
思えば、こんな風に向き合って二人で話すのって初めてかもしれない。

「郭嘉先輩は、自由研究って何しましたか…?」

「自由研究…ああ、一年生はそんな物があるんだっけ」

「え、三年生にはないんですか?」

「まぁ、一応受験生、だからね。二年の時ももうなかったと思うよ」

なるほど…。どうやら、自由研究は一年の時にしか出されないらしい。今回の夏休みさえ乗り切れば…いいってこと、なんですよね。でも、その今回で悩んでいるわけで…。

「そうだったんですか…因みに、先輩は一年のとき何を…?」

「ふふ、実は自由研究の存在自体、忘れてしまっていてね」

「ええ!だ、大丈夫だったんですか…?」

これは思わぬ朗報だろうか。郭嘉先輩であっても宿題を忘れる事があるだなんて…。あとは、それをどう切り抜けたかを聞いてみたい。是非、参考にしたい…!!私は胸ポケットに忍ばせていたメモとペンを取り出して、取材する姿勢に入った。

「偶然持ってきていた笛で即興で曲を作ってね…」

「えっ…」

「曲は二、三分かな。演奏を終えたら何とか許してもらえたよ」

む、むっむむ……無理だーーーー!!!!!
即興で曲なんて、作れないし。偶然笛なんか、普通持ってこない。
この天才を参考にしようとした自分が馬鹿だったんだ…。
がっくりと項垂れる私に何か感付いたのか、先輩は私の顔を覗き込んできた。

「もしかして…自由研究、やっていなかったのかな?」

「うぐ…実は、そうなんです…」

目を合わせるとバツが悪く。つい視線を逸らして賈クさんを見てしまう。冷房が効いてきた室内でくつろいで、先に出して置いたお弁当をガツガツと食べていた。美味しそうに食べてくれて何よりですけども…。全く私の話に興味がないようだ。

「何処かへ旅行に行ったとか、何かに打ち込んだものとかは?」

「いえ、特に…祖父母の家には行きましたけど、それ位で……」

「ん、それならあるだろ、珠美」

唐突に賈クさんが会話に入ってきた。頬にご飯粒、ついてますよ。
それに打ち込んだものなんて恋くらいで…とても自由研究には…。
私が首を捻って考えていると、先に先輩が納得したように頷いた。

「ああ、この美化委員会の活動の記録、とか?」

「あっ!!」

委員会活動…!そういえば、夏休みに打ち込んだものだ。恋と一緒くたにしていたけれど、レポートにしてみれば、結構充実した内容になりそう。色々な部分を直したり、掃除したり…一応は貴重な経験、かな。

「なるほど…あ、二人がいる間に、ちょっと活動を書き出してみてもいいですか?」

「うん、私は構わないよ。お弁当でも頂くとするかな」

「構わんが、俺の仕事に支障をきたすような事は書くなよ」

「例えば?」

「アイス食べた、とか」

ぼっと一気に顔が熱くなった。不自然に身体を硬直させてしまった。

「かかかか書きませんよ!!!」

まだ間接キスの事、気にしてないわけじゃないんですからね!
出来なかった後悔と、されてしまった羞恥が、消えるわけがなくて、思い出そうとする脳の思考を止めるようにペンを持った手を動かし出す。
賈クさんは「なら良いんだが」とか言いながらニヤニヤこっちを見てる。
「アイス食べたんですか?羨ましいな」と何があったかは知らない郭嘉先輩は、言いながら卵焼きを頬張っている。

持ってきていたメモに活動や、その時起こったことなどを書き出していった。

「こんなもんで…どうでしょう?」

一通り書き終えて、二人にメモを差し出す。二人が覗き込んで、まず郭嘉先輩が読み上げ始めた。

「なになに…、『7月23日火曜日、賈クさん部屋の隅で郭嘉先輩ファンクラブを眺める』

『7月26日金曜日、野球部の皆とグラウンド整備。でも賈クさん格好いい』」

「却下」

ビシッと賈クさんの鉄拳を喰らった。郭嘉先輩は笑いを堪えきれずに笑い声を漏らしながら続きを読んでいる。
しまった…活動中、ほぼ賈クさんしか見てなかったから、そのまま書いたら賈クさん観察日記に…!!
打撃を受けた頭を両手で押さえながら、私は反省した。これじゃ駄目だ…ただの賈クさんバカにしか見えない。

「も、もう一度チャンスをくださいっ」

「当たり前だ、書き直せ」

「はいっ」


後日二人には何か奢る約束をして、一緒に書き直していた。何度書き直しても賈クさんの名前が沢山出てきて、その度にどやされながら、何とか形になるまで書き上げた。
終わった時の達成感ったらない。これで自由研究は何とか乗り越えられそう…窓を見遣れば、もう日が傾き始めていた…。
散々頭を下げて感謝したのち帰宅。


二人には今度お菓子でも作るとしよう。

あれ、甘いものって二人共平気なのかな?

そんな事を考えながら、ぼーっと夕飯の後スイカを食べた。

宿題も、のこり僅か。夏も終わり、二学期が始まろうとしていた。


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