用務員さんと私-夏休み・一章- 私は「地に足が着かない。」 という言葉がしっくりくるほどソワソワしていた。 そう、今日こそ夏休みの最初の火曜日 賈クさんに会える日なのだ。 母に習いながらお弁当まで作って、 髪型を少し変えて、慣れないお化粧もして、 制服も自分でアイロンをかけて、しっかりと準備していた。 …そして、遅刻した。 もう午前九時半を回っていた。 これでは賈クさんとの時間がなくなって本末転倒…! 慌てて向かったが、学院に着く頃には十時になる頃だった…。 「すみませんっ!遅れまし…た…」 激しい音と共に扉を開け放つと、用務員室が様変わりしていた。 何が、って…凄く賑わっている。部屋はいつも通りだが。 そして圧倒的な女生徒の数。黄色い声を上げている子もいる。 よくよくその中心を見てみると、賈クさんではなく、 色素の薄い金色の髪、整った顔立ちで遠くに居ても目立つ、郭嘉先輩がいた。 郭嘉先輩といえば、テニス部のエースだ。多くの女生徒の憧れの的で、恋の噂の絶えない、言わば「学院一モテる男」 賈クさんしか眼中にない私にさえ、噂が伝わって来ているのだ。 しかし、なんでこんな所に郭嘉先輩たちが…? 「お…やっときたか珠美…」 自分の部屋なのに隅に追いやられていたのか、賈クさんは扉のすぐ近くに座っていた。 この状況は一体… 私の視線があちらに向けたのと同時に、賈クさんもあの団体様に視線を戻した。 「あれね…部活引退したってんで、 郭嘉を誘って快諾してくれたは良いものの…。 何処からかその情報が漏れて、 女生徒達が押し寄せてきてな…」 「な、なるほど…」 賈クさんは遠くを見て「今は情報伝わるのが早いからなぁ…」と小さくボヤいて、一体いつからこの状態なのだろう…と心底同情した。 ちょっとやつれたんではないか、と思うほどの賈クさんを心配になって見ていると 騒ぎの根源である郭嘉先輩が立ち上がり、こちらにやってきた。 「貴女が、美化委員の珠美さん?」 「は、はい。あの、初めまして…」 「じゃあ全員揃ったね。美化の仕事、始めようか」 私待ちだったんだ…!? そんなこと気にしていないのか、郭嘉先輩は事態を収拾し始めた。 「では、私は仕事が始まるから、これにて失礼するよ」 えー!?と不満そうな声が上がる。 いやいや、皆さん、美化の仕事手伝ってくれてもいいんですけど…!? 一方賈クさんはうんざり、といった顔をしている。早く出て行って欲しそうだ。 「駄目かな…?」 少し困った風に首を傾げて郭嘉先輩は皆に笑いかけた。 まさに鶴の一声。「そんなお顔をされてしまうと…」「またお話しましょうね」と名残惜しげにも郭嘉先輩ファンクラブ(勝手に命名)の皆さんは退散していった。 「郭嘉」 賈クさんの方に向いた郭嘉先輩に鉄拳が落ちた。 それを喰らっても尚、笑顔でいる先輩は凄い…。 「ははは、すみません」 「あれほど隠れて来いって言っただろうが…」 郭嘉先輩は悪びれる様子もなく、「内緒にしてたんですけどね〜」などと言ってへらへらしている。 すっかり私の鋭気も削がれてしまったが、 折角来たからには、これで終わってはいけない。 それに早く話題を変えないと、遅刻した私にも鉄拳が降ってくる可能性だってあるのだ。 「そ、それで今日は何処を掃除するんですか?」 「あ〜今日はグラウンドのつもりだったんだが… この時間だし…適当にちゃちゃーっと廊下掃いて終わるか…」 どうやら賈クさんも、この暑さと先程の事でやる気がなくなったようだ。 「賛成ですね。では行きましょうか」 ただの箒を持っても絵になってしまう先輩がおかしかったが、何とか笑いを堪えた。 |