廉直な恋


「失礼、珠美殿はいらっしゃるか」

聞きなれたこの声の主は、張遼殿だ。どくん、と跳ね上がり早鐘に変わっていく心の臓の鼓動。

「ちょ、張遼殿、ですか…?」

分かりきっているのに聞いてしまった。

「ああ…開けて、くれるか」
「……」

答えは返さずに扉を開けた。
見上げると、久しぶりに正面から見る張遼殿の顔。
長身な彼を近くで見ていると、首が痛くなると笑っていたことがあったか…その近さが平気だった頃が、遠く感じてしまう。
未だ収まる事を知らない胸を押さえながら、意を決して口を開いた。

「ずっと、お話を聞かずにすみません…よかったら、中へ…」
「いや、ここで結構」
「そんな…」

張遼殿の真っ直ぐな眼差しに萎縮してしまう。こんな事、意識してなかった頃は有り得なかった。寡黙な彼を怖がる人も多くいるが、私は物怖じせず彼と話せていた。

「私が、怖いのか…」
「…え?」
「そんな顔をしておられる」

思わず自分の頬に触れる。私はどんな顔をしていたのだろう。

「少しでいい、聞いて欲しい」
「はい…」
「ただ、珠美殿には、恐れられたくはないのだ…」

それまで、真っ直ぐ私を捉えていた瞳は逸らされ、不安の色を宿しているように見えた。
張遼殿自身を恐れている訳ではない…今、彼が自分にどんな気持ちなのか、知りたい…けど、少し恐いだけ…。

「恐れてなど、いませんっ…!だから、聞かせて下さい…」

ここで恐がってしまったら、駄目だと、気持ちが昂ぶり声が裏返ってしまった。
暫しの沈黙の中、私を見る張遼殿の顔は、何だかいつもよりも穏やかな表情に思えた。


「珠美殿…、私は、そなたと共にありたい…と」
「私と、共に…?」

配属先はいつも近く、長く共に居るといっても、おかしくはない。

「ああ、そなたを妻として…迎えたい、のだ」

目を丸くしてしまう私を見て、少し戸惑ったように付け足された言葉に、私の思考回路が停止した。


「え…、今、なんて…」
「っ…そなたも意地が悪い…」

張遼殿の頬がほんのりと赤らんでいく。眉間に皺を寄せながら小憎らしいと言わんばかりの視線を此方にやる彼から、私も目が離せなくなってしまった。
むっとした顔がまるで子供のよう…しかし、言葉に偽りはないのだろう。

張遼殿はそういう人。
ずっと戦場で、この国で、隣で、見てきたのだから…


「本当に、私でよいのなら……」

私もありのまま、張遼殿への気持ちを行動で示そう、と自然に思えた。そっと、彼の胸にもたれかかる。熱が、鼓動が伝わってきて、恥ずかしくも嬉しい。


これが『恋』…

背中に回された腕が、心地いい

温かさに包まれて、私は初めての恋を知った

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