くやまぬゆめを ―曹操殿から頂いた大量の兵法書に目を遣る。 賈ク殿もこんな膨大な量の書を読破したのだろうか。 彼の鬼謀は誰もが知るところ。 彼の出す策には失策がないと言われ、曹操殿の元に来てからもその才はいかんなく発揮されている。 私はそんな彼の役に立ちたくて兵法に手を出したのだ。 そう、動機は不純 恋する人の策を理解したくて、 成功のため尽力したくて、 彼の考え方が少しでも解るだろうかと…… 「―珠美殿?」 「っ!」 「ぼーっとしてた?慣れない読書なんてしたから、疲れたんだろ」 少し意地悪に笑う賈ク殿の顔が思った以上に近くて鼓動が高鳴った…というか、ここまで近付けさせるなんて武人としてまたも失格だな…。 「賈ク殿は、素早くてらっしゃる…」 「あははあ、武人のあんたにゃ敵いませんよ」 「こんな間合いに入られるなんて、武人失格だよ」 らしくもなく、しょげてしまった私を賈ク殿は少し驚いた様子だった。 が、すぐにニカッと怪しく笑い手に持っていた何かで私の頭を叩いた。 「そんなこたぁないよ。これを読めば智にも長けた立派な武人に大変身!ってね」「これは……書簡…?」 「そう、俺の特製兵法書ってやつさ。まぁ訳して編集しただけだが」 「えっ…す、すごい…!」 「いやいやぁ、曹操殿には到底及ばんよ。だが、俺なりに解りやすくしたつもりだ。是非読んでみて欲しいね」 早速受け取った書簡を開きかけると、ずいっと手を顔に押し付けられた。 「わぶっ!な、なに?」 「まだ読んじゃ駄目。なんか気恥ずかしいから、後で読んでくれないか」 「意外と繊細なんだな」 「意外と、は余計だ」 額を指で弾かれたが対して痛みは感じなかった。 それより、早く読みたい。 賈ク殿自身が編纂した書なんて…孫子の兵法よりも、きっとずっと彼の考えが分かりやすくなるに違いない! 弾む気持ちが表に出ていたのか、賈ク殿も楽しそうに笑った。 「そんなに嬉しそうにされると、書いた甲斐があったってもんだ。いやぁ、夢があるってのはいいねぇ…少し羨ましいよ」 その夢が…ただ貴方に近付きたいっていう夢でも、そう言ってくれるだろうか… 「珠美殿、悔いの無いようにな」 「え?」 「夢が、あるんだろ?」 「…あぁ」 貴方にもっと近付きたい 貴方と同じ景色が見たい 「じゃ、頑張んなよ」 「あ、ありがとう…」 人の気も知らずに、いつものように独特な声で笑って彼は部屋から出ていった。 想い人から思わぬ贈り物を貰ってしまった…。 彼にそんなつもりは無いんだろうと解っていても頬が熱くなるのは止められない。 「…そういえば、賈ク殿はどうして私の執務室まで来たんだ?」 何か用があって来たんじゃないんだろうか。 賈ク殿に限って用件を伝え忘れた、なんて事はないよな…? 不思議に思いながら、先ほど手に入れた書簡を開いた。 すると、ふわっと微かに香る、 「これは…花?」 書簡に自然に花が紛れているとは思えない…が、 賈ク殿みたいな人がこんな…こんな、花の贈り方するなんて…それも自分に。 『今は花冷えの季節だから〜』 そういえば不自然に「花」とか言ってた事を思い出した。 ああ…しばらくの間、勉学など頭に入りそうにない。 肌寒くなったというのに冷めない熱は、どんどん上がっていくように思う。 『悔いの無いようにな』 夢があるんだ、賈ク殿。 あなたと一緒の目線でこの世を見てみたい。 だから、兵法を学ぼうと思った。 けど、 今はそれどころじゃないよ、あなたの所為で―― 持て余す熱を払うように、私は部屋を飛び出し賈ク殿の元へ走った。 |