「ようやく見つけたぞ! なまえ! 趙雲!」
「え、ええっ!? なんで馬超がここに!?」

 執務はどうしたのよ? というなまえの疑問は当然といえば当然のものだったろう。だが、その単語を聞いた馬超は痛いところつかれた表情になるどころか、鼻の穴を膨らませて堂々と言い放った。

「そんなものは放り出してきたに決まっているだろう!」
「な、なんで開き直ってるのよ! もー、せっかく馬岱殿に頼んでおいたって言うのに、これじゃいつもと、」
「そういう男が好みだと、お前が言ったのではないか!」

 馬超はそう言うとずんずんと距離を詰め、いきなりなまえの手をがしりと掴む。そして面食らう彼女に向かって、すまなかったな! と大声で詫びた。

「お前が俺に惚れているとは思いもよらなかった! 今まで気づいてやれなくて悪かったな!」
「は、はぁっ!?」
「俺はお前のことをそういう目で見たことはなかったが、大事な友人であることには変わりない! 改めて見ると存外お前もいい女だし、絶影もお前のことを気に入っているし、お前がどうしてもというなら俺は、」

 その瞬間、ぱあん、と空気を裂くような音がして、なまえの張り手がきれいに決まる。「バッカじゃないの!?」なまえは怒りと羞恥の為に顔を真っ赤にし、ぶるぶると震えていた。

「一体全体どっから私が馬超に惚れてるだなんて話が沸いてくるのよッ!」
「何をするッ! だったら“執務を放り出して行くような男が好み”というのは誰の事なんだ!? 俺しかいないだろう!」
「誰もそんなこと言ってないわよ! 私が言ったのは欠点があってこそ美点が引き立つって話で、執務は真面目にやる男のほうが好みよ!」
「なら趙雲だ! そこの趙雲でいいではないか!」
「そうよ! 趙雲殿がいいわよ!」

 売り言葉に買い言葉。流れで飛び出してきた言葉だというのはよくわかる。だが、はっきりとなまえの口から“趙雲がいい”と聞けて、嬉しくないはずがない。それまでずっと蚊帳の外だった趙雲はおもむろに二人に近づくと、馬超の腕を掴んでなまえから引きはがした。

「今の聞いただろう。馬超、お前の勘違いだ」
「……俺はただ、これまでなまえの好意を無下にしていたのなら申し訳ないと思って責任を取りに来ただけだ。なまえが趙雲を選ぶならそれはそれで構わん! だがなぁ!」

 至近距離で、きっ、と鋭い馬超の眼光が趙雲を射抜く。その瞳はただのお騒がせ男と言うにはひどく真剣で、彼が本気でなまえのことを考えたのだということがよくわかった。

「趙雲! お前はどうなんだ! 気になる女がいると言った身でなまえを逢瀬に誘うなど! なまえを弄ぶつもりなら、いくら俺とお前の仲でも容赦せんぞ!」

 馬超は乱暴に趙雲の胸倉を掴み、揺さぶるようにしてがなり立てる。
 ちょっと、やめてよ! となまえの制止の声が飛んだが、彼は一歩も退く気はないようだった。そしてそれは趙雲のほうも同じ気持ちであった。
 自分のなまえへの想いは、決してそんな軽々しいものではない!

「それは違う!」
「何が違うんだ! なまえは俺の友人だ! 泣かせたらただではおかん!」
「泣かすものか! 私が気になっているのは、私が好きなのは初めからなまえ殿だ!」

 相手の大声に負けないように、趙雲も声を張り上げる。
 その瞬間、しん、と静けさが辺りを包んだ。目を見開いた馬超の息遣いだけがやけに耳につく。はっとした趙雲がなまえの方を振り返ると、彼女は今まで見たことがないほど真っ赤に染まっていた。先ほど、怒りや羞恥で頬を染めたのなど比ではない。耳も首も、手も、少なくとも衣服から覗く部分は全て真っ赤になっていたのだった。

「ちょ、趙雲殿、何言って……!」

 なまえは酸素を求めるように、ぱくぱくと口を動かす。趙雲は自分の身体もかっと火照るのを感じたが、ここまできたら覚悟を決めていた。混乱のあまり後ずさりするなまえを追い詰めるように、ゆっくりと彼女に近づいていく。

「なまえ殿、私は本気だ」
「え、え、え、でも……」
「好きなんだ。なまえ殿が私をただの同僚として見ていたことは承知している。だが、これを機に私とのことを考えてみてはくれないだろうか……?」

 別にすぐに恋仲になれるとは思っていない。まずは意識してもらえるだけでも十分だ。
 趙雲はなまえの瞳に自分だけが映っているのを見ると、幸福そうに口の端を持ち上げた。

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