非番でもない昼日中に平服姿で城下をうろつくなど、一体いつぶりなのだろう。流石にいつもの竜胆は持ってこられなかったが、腰には帯刀もしている。それでも、落ち着かないことには変わりなかった。

 結局、真面目な性格の趙雲は突発的に仕事を休む気にはなれず、できる範囲の仕事はあらかじめ片付け、三日ほど前から副官やその他兵士たちにも自分の不在を言い含めてこの”自由時間”を捻出した。もちろん細かい私情を説明してはいないものの、諸葛亮にも許可をもらっている。馬超が聞いたら、それではただの休暇ではないか!と呆れそうだと思った。

「趙雲殿、お待たせ」
「いや、私も今来たところ、なんだが……」

 待ち合わせの時間通りに現れたなまえのほうも、趙雲の我儘につき合って休暇を申請してくれたらしかった。流石に蜀将が二人そろって休むのは防衛上の理由で却下されるかと思ったが、意外にも諸葛亮はあっさり認めてくれたらしい。その分、馬超殿には働いてもらいます、といい笑顔で言っていたので、まぁ彼にもツケが回ってきたという感じなのだろう。

 なまえも今日は普段の鍛錬用のものとは違い、女性らしい格好に身を包んでいた。それがかなり新鮮で、目が合った趙雲は咄嗟に言葉が出てこない。「えへへ、似合わないよね」それを困惑と受け取ったなまえは恥ずかしそうに頬をかいた。

「い、いや! 素敵すぎて見とれてしまっただけだ。すまない」
「ありがとう。でも今日はろくな武器持ってないから、もしものときは趙雲殿よろしくね」
「もちろんだ。なまえ殿のことは絶対に私が守る」
「あ、違うの。ついでに城下の治安も見てこいって言われてるから、何か荒事があったら趙雲殿に収めてほしくって」

 どうやら諸葛亮が許可をくれたのは、そういう理由もあってのことらしい。意中の相手との逢引から突然仕事の気配が立ち上り始め、趙雲は出鼻を挫かれた思いだった。

「まぁ……そういう理由でなくては行けないか」
「遠乗りだと絶対に馬超が大人しくしてないもんね。私も城下の散策でよかったと思うよ」
「すまないな、なまえ殿。私の我儘につき合ってもらって」
「いいよ、気にしないで。よく考えずに引き受けちゃったけどさ、むしろ趙雲殿のほうが私と来てよかったの?どうせなら、その気になる子を誘えばよかったんじゃない?」

 そう言って首をかしげるなまえを前に、誘った結果がこれなのだとは言えず、趙雲は苦笑いした。

「いいんだ」
「誤解されないかな」
「してもらっても構わない」
「おお……早速、やきもちやかせる悪い男を目指していくんだね。確かにそれは上手いやり方かもしれない」
「……」

 ここでめげてはいけない。まだ今日は始まったばかり。
 趙雲はぐっ、と気を引き締めると、行こうか、と門のほうへと歩を進めた。

 △▼


「なんだこの竹簡の山は」

 目の前に積み上げられた膨大な量の仕事に、馬超は口をへの字にまげ、ぶっそりと呟いた。本当なら今日は趙雲となまえと一緒に遠乗りに行けるはずだったのに、なぜか馬超だけ禁止されて留守番になった。納得のいかない話である。
 それでもこの馬孟起を止められる者などおらぬ!と厩へ駆け込んで、二人を追いかけようとしたのだが、なまえの馬も、趙雲の馬も大人しく厩に揃っていて、二人がどこへ行ったのかはさっぱりわからなかった。

「なにと言われてもなぁ、若が溜めに溜めたお仕事だよー。今日こそちゃんとやってもらうからね。俺は諸葛亮殿からの命令で若を見張るように言われてるから」
「岱よ、我らは従兄弟ではないか」
「だね!だから若を止めるのが俺の仕事なんだよね!」

 飄々とした態度ではあるものの、今日の馬岱はどうやら本気で馬超を監視する気らしい。出入口を塞ぐように机を移動させた馬岱は、ちょっとくらい手伝ってあげるから、と宥めるように竹簡の山に手を伸ばす。
 それを見た馬超は、はぁ、と深いため息をついてとうとう腹を括った。

「仕方ない。今日だけ特別、大人しくしておいてやろう」
「今日だけだと困るんだけど……まぁ、ね。いい加減に、趙雲殿が可哀想だからさ……」
「趙雲? 俺は趙雲には迷惑をかけた覚えはないぞ。なまえの方は好き放題連れまわした結果、よく一緒に叱られているが」
「……うーん、こんなこと聞いてもいいのかわからないけどさ、若ってもしかしてなまえ殿に気があったりする?」
「は?」

 ようやく重い腰をあげて仕事にとりかかろうとした矢先、不意に向けられた予想外の質問に馬超は筆を取り落とした。

「……岱まで何を言い出すのだ」
「おや、他の誰かにも聞かれたの?」
「趙雲だ。あいつ、俺となまえが恋仲なのかどうか聞いてきた」
「うわ……若、そこまで言われて……なんかちょっとがっくしだよ」

 なぜかげんなりした表情を浮かべた馬岱に対し、馬超はうむむ……と考え込む。趙雲だけなら気にしなかったが、まさか馬岱にもそのような探りを入れられるとは。この分では他にもなまえとの仲を誤解している人間は多そうである。
 されて嫌な気持ちになるような誤解ではなかったが、馬超にとってなまえは気のいい友人だった。信頼もしているし、好意もある。ただ、それは男女間の艶めいたものではない。それなのに勝手に噂が独り歩きすると、今度から遠乗りに誘いにくくなると思った。

「みながなぜそのような発想に至るのか、俺にはさっぱりわからんな。どう見ても俺となまえは熱い友情で結ばれているだろう。あいつだって口では文句を言いながら、いつも嬉々として馬に乗っているんだぞ」
「うう……若もだけど、なまえ殿のほうにも責任あるのかなぁ。若に毅然とした態度をとらないから……でも、若の押しの強さは三国一だし……」
「なるほど、なまえのせいか。そういえば、あいつ、執務を放り出して遠乗りに行くような男が好みだと言っていたな……」

 実際、なまえが言ったのは“そういう欠点のある男が自分のために普段やらない努力をしてくれたら嬉しい”という話だったのだが、酒の席で聞いた話は馬超の脳内で馬超語に変換されている。それをその場にいなかった馬岱が気づけるはずもない。

「えっ、待って、じゃあなまえ殿って……!?」
「ふむ、ここは一度はっきりさせねばなるまい」

 神妙そうな顔で腕を組んだ馬超は、深く頷いた。

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