しかし、続くはずだった言葉はなまえの歓声によって遮られた。

「わぁ!すごい、大事件だわ!趙雲殿にそんな方ができたら城中の女官が泣くんじゃないかしら!一体相手は誰なの?」
「それが俺にも教えてくれんのだ。だがそんな水臭い趙雲でも俺は協力してやるぞ。女の意見もあった方がいいだろうと思って、そのためになまえも呼んだのだ」
「え……?」

 なまえはともかく、馬超まで趙雲の想い人が誰かわかっていないのか?
 思いがけない話の流れに戸惑う趙雲を置き去りにして、二人は勝手に盛り上がる。あのわくわくした表情からして、残念ながらなまえは趙雲のことをどうとも思っていないらしい。嫉妬までとはいかずともせめて少しはがっかりして欲しかった、そんなことはもはや口が裂けても言えない雰囲気である。

「趙雲殿の心を射止めたなんてどんな人なのかしら……気になるけど、誰かは教えてくれないのよね?」
「あ、あぁ、すまない……」
「でもいいわ、相手がわからなくても相談くらい乗れるもの」
「そうだな、そして俺達の助言通りに動いてくれれば、自ずと相手も知れよう」
「ちょっとそれ先に言っちゃ駄目じゃない」
「む、そうか。趙雲、今のは忘れてくれ」

 忘れられるか!とつっこみたいのを堪えて、趙雲はもはや笑うしかない。これだけ期待されては、相手はなまえだとも言いづらかった。自分は彼女の眼中にないとはっきり言われたようなものである。
 だが、趙雲はへこたれなかった。なまえが自分のことをそういう風に意識していないのはなんとなくわかっていたからだ。事は急を要するわけでもないし、それならば助言と称して彼女の好みや理想とする付き合い方を聞き出すのも悪くない。

「っていうかそもそも、悩んでるってことは告白されたわけじゃなくて趙雲殿の片思いってこと?」
「残念ながらそうなのだ」
「告白しないの?」
「しようにも、まるきりそういう相手として見られていないようでな……」
「へぇ、変わった子なのねぇ」

 なまえはまさか相手が自分とも知らず、そんな感想をもらしている。その隣でぐいと杯を煽った馬超は、わかるぞと頷いた。
 
「靡かん女は追いかけたくなるからな」
「え、それだけの理由なの?じゃあ振り向いたら興味なくなるわけ?」
「ち、違うぞ!私は断じてそういうつもりではない!確かに他の女性と違って媚を売らない姿勢は好感が持てるが……」
「ぞっこんじゃないか、趙雲」
「私はお前と違って一途なのでな」

 からかうような眼差しを向けてくる馬超に、仕返しとばかりに嫌味を言う。馬超も城内ではかなり人気が高いが、趙雲とは違ってそれなりに遊んでいるのだ。

「仕方あるまい、向こうが一夜だけでいいからと申すのだ。趙雲とて、何度か美味しい想いはしているだろう?」
「なっ、何を言うか!私はそんなことしていない!」
「じゃあどうやって処理するんだ?色街か?」
「ちょっと〜お二人さん、そういう話題は私のいないときにやってよね」

 軍という男社会にいるなまえはこの手の話には慣れているだろうが、それでも少し気まずそうな顔をしていた。まあ、特に同僚の性生活など聞きたくも無いだろうから、無理からぬことだと思う。すまない、と謝った趙雲に対し、元凶である馬超はけろりとしていた。

「しかし、なぜ趙雲が男として見られていないのだろうな。友人ということを差し引いても、趙雲はいい男だと思うのだが」
 「そうねぇ……いい人すぎるのかしら?」
「いい人すぎる?」

 急に戻った話題に、突然告げられた重要な言葉。
 なまえは自覚がないようだが、彼女自身おそらく趙雲を男として意識していないのであって、その彼女が言うことなのだから真実に違いない。いい人すぎる、とはどういうことなのか、是非とも聞いておかねばならなかった。

「だってほら、趙雲殿って完璧じゃない?かっこいいし強いし優しいし、誠実だし」
「ほう、ならばよいではないか」
「いや、いいんだけどさ、ちょっと現実味がわかないのよ。完璧すぎてもはや仙人的な立ち位置なの」
「すまない、もう少しわかりやすく言ってはもらえないだろうか……」

 内容的には褒められているはずなのだが、どうもおかしい。馬超も意味がわからないようでしきりに首をひねっていた。

「うーん、そうねぇ、たとえば馬超だけど」
「ん?俺か?」
「馬超は結構遊び人だし、執務から逃げ出すし自分勝手なところもあるでしょう?でもそういう欠点がある人がいいことをするとすごく良く見えるの。他の女に見向きもしないで、逢引のためなら執務もとっとと片付ける、ってなったら女の人は嬉しいと思う」
「俺は好きな女の為なら執務など放り投げていつでも会いに行くが」
「それはいつものことでしょ……ま、いいや、とにかく欠点は使い方によれば美点にもなるのよ。欠点が可愛い人もいるしね。でも趙雲殿は普段が完璧すぎて、何をやっても趙雲殿だから当然ってなっちゃう気がする」
「はぁ……」

 わかるようなわからぬような。
 とりあえず、趙雲としては腑に落ちない。女性は悪い男の方が好きだということなのだろうか。こちらは真面目にやっているのに、不真面目なほうが好まれるのではやっていられない。

「では趙雲、お前も執務を放り投げてみればよいではないか。いつでも遠乗りには付き合うぞ」
「ちょっと、これ以上馬超は出かけなくていいから、ほんとに馬岱も困ってるから」
「だが、趙雲は真面目な男だぞ! 一人ではなんだかんだ理由をつけて絶対に執務をやるに決まっている! 誰か慣れたものがつき合ってやらなくてどうする?」
「そ、それはそうだけど……」

 どうしてそこで納得してしまうのかはわからないが、どうやらいつもこのようにしてなまえは馬超に押し負けているらしい。執務を抜け出すことに慣れも何も無いと思うし、むしろ慣れてはいけないと思うのだが、もしかするとこれは千載一遇の機会かもしれないと思った。

「……それならなまえ殿に頼んでもよいだろうか」
「へ?」
「その、私と一緒に執務を抜け出してくれないだろうか」

 もしも諸葛亮がこれを聞いたら、蜀の人材不足を嘆く前に今いる人材への徹底管理が必要だと決意するだろう。らしくないことを言った自覚はあったが、こんな機会はおそらくもうない。一度くらい、一度くらいは趙雲だって執務を副官に任せてしまっても許されるのではないか。


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