厩での一件から数日後、おもむろに馬超が城下へ飲みに行こうと誘ってきたので、当然のことながら趙雲は警戒した。が、断ろうとした趙雲の気持ちを知ってから知らずか、なまえも誘ったのだと彼は言う。
そうなれば、趙雲は行くと言わざるを得なかった。馬超が全てわかった上で仕組んだものにせよ、そうでないにせよ、ここで趙雲が行かねば彼らは二人きりで行ってしまうだろう。誘い出すためだけの口実ではなく馬超は本当に飲みに行きたそうでもあったし、なまえだって酒を飲むのが好きなたちである。
しかも先日の会話で馬超にその気がないのはわかったが、なまえのほうはどうなのかわからない。なるべくならばあまり二人きりにさせたくなかった。
「ほら、どんどん飲むといいなまえ、勘定は趙雲持ちだ」
「何言ってるの、無理に馬超が誘ったんでしょうに」
「そうだが、これは趙雲のために開かれた会なのだ!よって、趙雲持ちでもよかろう!」
「なにそれ、どういうこと?」
なまえはきょとん、とした表情でこちらを見たが、趙雲だって初耳である。彼女を誘ったことといい、やはり馬超は趙雲の想い人が誰であるか気づいてしまったのだろうか。そして勝手に仲を取り持った気分でいるのだろうか。ひとまずここは白ばっくれるに限る。
「いや、私にもわからないが……奢るくらい構わない」
趙雲が表面上だけ苦笑してみせると、ごめんねとなまえは申し訳なさそうに謝った。悪いのは馬超であるのに、なんと彼女は優しいのだろう。
「馬超はいつもこんなのだから、趙雲殿に迷惑たくさんかけてるでしょう?ほんとにごめんね」
「なにぉう!俺の一体どこが迷惑だというのだ!」
「まず声がでかいのよ。店の中では静かにして」
「別に揉めているわけでもないのだからよいではないか」
なまえに叱られ、子供のようにむすっとする馬超は、確かに母性本能をくすぐるのかもしれない。いや、正直趙雲にはまったくもって理解出来なかったが、なまえの態度を見ていると彼の子供っぽさも見習わなければならないと思ってしまう。馬岱がなんだかんだ従兄弟に甘いように、なまえも馬超に甘いのだ。叱りつつもほっとけないのか、よく世話を焼いている姿を目にする。
「……で、馬超、私のために開かれた会とはどういうことか、説明してくれないだろうか」
いつまでもなまえの注目が馬超に向いているのが面白くなくて、趙雲は軽く咳払いをする。本題を思い出させてやれば、むすっとしていた馬超の目がきらりと輝いた。
「おお、そうだ!その話をせねばなるまいな!今日は趙雲の恋路を応援するために、特別になまえを呼んだのだ」
「ば、馬超!」
「えっ、恋路!?」
ふんぞり返る馬超と動揺する趙雲と興味を抱いたらしいなまえ。
やはり、馬超にはバレていたのかと恥ずかしいような、落ち着かないような、とにもかくにも目の前に本人がいるわけだから、趙雲はどうしていいかわからない。男ならば直接伝えてこそだ、という思いはあれど、こうなってしまったら仕方がなかった。
「なまえ、聞いたら驚くぞ。なんせあの堅物で有名な趙雲なんだからな」
「う、うそ、ほんとに?」
「……あぁ、バレてしまったのなら私も腹をくくろう。私は、」
なまえ殿のことが──
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