趙雲はなにも、一目見てなまえに惚れたというわけではなかった。というか、そもそも彼女は最初から将たる器として劉備軍に迎え入れられたわけではなく、兵卒から什長、卒伯、副官……とのぼりつめた結果一軍を預かる将軍にまでなった、いわゆる叩き上げの人物である。

 だからこそ、趙雲は初め、彼女の存在すらほとんど認識していなかった。確かに女性の兵士は珍しいが、だからといって自分の隊でなければわざわざ気にするほどではない。
 なまえのことをちゃんと認識するようになったのは、彼女の上官である張飛の口の端によくのぼるようになってから。つまりは彼女が副官の地位についてからだった。

「よぉ、趙雲。なまえを見かけなかったか?」
「これは張飛殿。いえ、朝一緒に手合わせをしたあとは見かけていませんが……」

 自分の鍛錬をした後は、部下への指導もかかさない。隊列や動きに乱れがないことを監督していた趙雲は、鍛錬場にやってきた張飛にむかって拱手した。

「へぇ、そうか。執務室に寄ったんだが姿が見えないもんで、ここかと思ったんだがアテが外れた」
「なまえ殿ならもしかすると書庫のほうかもしれませんね」
「そうだな、あいつああ見えて頭の回る奴だから……俺の隊にいたのが不思議なくれぇだ」

 うーん、と唸った張飛は邪魔するのは今度にするか、と呟いた。よく見れば彼の手には酒の瓶。今は将になったと言えどかつての部下であるなまえを、彼なりに可愛がっているようである。もっとも、ただ単に飲む相手が欲しかっただけなのかもしれないが……。

「しっかし、あいつが将軍になってからもう3年か……俺のとこにいた時はまだガキみたいなもんだったのによぉ」
「私も昔、紹介されて驚きました。張飛殿の隊にしては随分と華奢で小さい副官だと」
「俺の隊は血気盛んなのが多いからなぁ、なまえみたいな忍耐強え奴が一人いるだけでちったあマシになるんだ」

 確かに張飛の言う通り、彼の隊は彼自身を含めて短気で武一辺倒な人間が多い。宴会などがあればそれはそれは賑やかだし、楽しいのだが、一度喧嘩になると手がつけられないときもあった。そんな時、いつも揉めた人間を諌めていたのが彼女である。大の男が女に、それも当時はほとんど少女のような年頃のなまえに、いい加減にしてくださいと諌められては引き下がるしかなかったのだ。

「まあでも、俺もあいつの成長は純粋に嬉しいぜ。ちょっぴり寂しくもあるんだがな」
「そうですね、なまえ殿からもよく張飛殿の話を聞きます」
「はは、なまえは娘みてぇなもんだぜ。あいつの両親はもう死んでるらしいし、こりゃ嫁入りまで面倒見てやんねぇとだ」
「よ、嫁入り……」

 ということは、なまえを妻とする場合、張飛に許可を得なければならないということだろうか。未だ恋仲にすらなっていないのに、趙雲はその時のことを考えて憂鬱になる。もちろん、武人としては張飛のことを尊敬しているのだが、普段の彼のなまえに対する可愛がりようを見ていると厄介そうだとしか思えなかった。

「あいつもいい女になっただろ、趙雲」
「ええ、とても魅力的です」
「そうだろそうだろ、並大抵な男のところにゃやれねぇな。もしもなまえが中途半端な男を連れてきたら、俺がその場でぶちのめしてやる」
「……」

 がはは、と上機嫌で笑う張飛だが、隣の趙雲の心は重い。どうやらなまえを手に入れるには、障害が多いようだ。

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