「なまえ、いいところにいるな!ちょっと付き合え!」

 なまえと二人きりの鍛錬を始めてしばらくたった頃。そう言って元気よくかけられた声に、当の本人よりも早く反応したのは趙雲である。
 邪魔が入ったため、仕方なしに打ち合う手を止めた彼女は、わざわざ見ずとも声の主がわかったらしい。小さくため息をつくと、腰に手を当てて馬超の方へ向き直った。

「なによ、どうせまた遠乗りにでも行こうっていうんでしょ」
「ははは!さすがなまえだ、話が早くて助かる」

 相変わらず体力と気力を持て余しているらしいこの男は、一体何を思ってなまえを誘っているのだろう。正直なところ、傍でこのやり取りを見ている趙雲は気が気でない。遠乗りなど、それはもはや逢引ではないか。馬を走らせることに至上の喜びを得ている馬超にとってはそうではないのかもしれないが、趙雲にしてみれば完全なるお誘いである。自分にできないことを臆面もなくやってのけるこの友人が羨ましくて仕方がなかった。

「わかったら、なまえも早く準備しろ。思い切り駆けるぞ!」
「だめよ、馬岱から止められてるもの」
「なにぃ!?なぜ馬岱が邪魔をするのだ!?」
「馬超が執務溜め込むからでしょーが!」

 馬超と話している時の彼女は、面白いくらいに表情がころころ変わる。口調も趙雲と話す時より心無しか砕けている気がするし、お互い敬称なんてつけない。同じ軍に身を置いてからの月日でいえば趙雲となまえの方が長い付き合いであるのに、彼女はなぜか馬家の者と仲が良かった。

「むう……執務など俺のすることではない」
「いや、馬岱のすることでもないと思うけど」
「机に向かっているだけでは正義は成せんだろう!」
「馬で駆けてても成せないって」
「ええい、なまえ、はっきりしろ!行くのか行かないのか!?」
「だから駄目だって言ってるじゃないの」

 趙雲殿からもなんとか言ってやってください。
 不意にそんな調子で水を向けられ、趙雲はハッとする。しかし駄々っ子のような馬超になんと声をかけてよいものやらで、ひとまず苦笑するしかなかった。

「馬超、程々にしないと諸葛亮殿が黙っていないと思うぞ」
「そうよ、私まで怒られるじゃない」
「むむむ……怒られるならなまえは駄目か。ならば趙雲、お前と一緒に遠乗りも悪くない。どうだ?」
「わ、私か?」

 やはり、馬超の中で遠乗りに誘うことは深い意味を持たないらしい。誘われた趙雲は驚きつつもほっとしたが、そもそも根本的に馬超は間違っている。

「なに馬鹿なこと言ってんの。一番怒られるのは馬超だよ!」

 この分では近いうち、本当に諸葛亮が乗り出すだろう。その時もまたこうして彼女は馬超のために声を張り上げるのかと思うと、やっぱり少しだけ羨ましい気がした。

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