●欠点を作りたい趙雲
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 趙子龍は、誰もが認めるいい男だ。

 長坂の戦いにおける単騎駆けの話からもわかるように、豪胆で武芸に優れ、忠義心に篤い。
 そのうえ仁君と名高い劉備を主と仰ぐだけあって、礼儀正しくどんな相手にも親切で、おまけに容姿端麗ときた。
 もはやどこからどう見ても非の打ち所がない、完璧な男である。

 となると、当然世の中の女達が放っておく訳がなく、彼の宮中での人気はとどまるところを知らない程である。しかしそんな入れ食い状態、誰かの言葉を借りるならば引く手あまたな状態であっても、彼はまた誠実な男でもあるので浮ついた話はとんと聞かなかった。そしてまたそれが素敵だと、さらに女官の心に火をつける始末なのである。

「相変わらずねー、趙雲殿の人気は」
「っ、なまえ殿!」

 鍛錬をするなら、人のいない朝方に限る。
 周りが静かであればそれだけ自らの槍に集中できるし、何より朝から身体を動かすとその日1日調子がいい。だが、人がいない朝方というのはその分女官にとっても告白するまたとない機会であり、趙雲はたった今も女官のひとりに告白されたばかりであった。

「あ、ごめん。盗み聞きをするつもりはなかったんだけど……」
「い、いや、こちらこそ悪かった。なまえ殿も鍛錬か?」
「そう、私も趙雲殿を見習おうと思って」

 なまえは笑ってそう言ったが、その視線は女官が走り去って行った方向を向いている。これはまずいところを見られたな、と趙雲は内心焦っていた。どうにかしてあの女官とは何も無いし、何も起こすつもりはないのだと伝えなければならない。
 誰もが認めるいい男、趙子龍は、何を隠そう同じ蜀将のなまえに惚れていたのだ。

「私だって見習われるほど大層なものではない。だから恋になど現を抜かしてはいられないよ」
「ああ、それでいつも女官達につれない態度をとってたんだ」
「もちろん、気持ちは嬉しくあるが……その、私には心に決めた方がいるのだ」
 
 ようやくこちらを向いた彼女に、これでもかと言うほど目を合わせる。女性関係が派手でない趙雲でも、やる時はやる男なのである。だが見つめられたなまえはというと照れも戸惑いもせず、感心したような声を漏らした。

「さすがね。劉備殿も良い臣に恵まれたと喜ばれるだろうなぁ」
「え、あ、いや……私の方こそ殿にお仕えすることが出来て幸せだと……」

 違う、そうではない、そういう意味ではない。けれどもよく考えればたった今自分で"色恋に現を抜かしてはいられない"と言ったばかりであるし、なまえがそう受け取っても仕方がないのかもしれない。

「それじゃあ悪いんだけどちょうど会ったことだし、手合わせをお願いしていい?」
「ああ、私でよければ」

 趙雲が肯けば早速練習用の両刃槍を構えたなまえ。その視線は確かに熱を帯びたものだったが、それは趙雲の望む類のものではない。

「女だからといって手加減は無用よ」
「もちろんだ。舐めてかかってはこちらが痛い目にあう」

 すぐさま開始された打ち合いに、趙雲も気を引き締める。今はまだ、焦らなくてもいい。こうして共に鍛錬をしているだけでも、十分な触れ合いではないかと自分を励ましながら。

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