山本の一日は野球に始まり野球に終わる。
朝練に出る為に他の生徒より早い時間に起き、練習に打ち込んだ後は授業に出席。何とか授業を乗り越えて放課後になれば再び野球の練習が待っていて、帰宅は他のどんな生徒よりも遅い。体力的にも厳しい生活だったが、野球が人生のほとんどを占める山本にとっては寧ろ、存分に野球ができる有意義な日々だった。

山本は自分にとって野球はなくてはならない存在だと思っている。事実、腕を折り野球生命の危機に瀕した時、自殺を決行するほどに追い詰められた。……その時は、素晴らしい友人達のおかげで命を捨てずに済んだのだが。
今では腕の故障程度で野球を諦めたりはしない。何があっても野球を続ける。その想いが他の部員にも届いたのか、あの事件が起こる前より部の雰囲気は良くなっているような気がした。皆野球を真剣に練習している。怠けるものが数人はいたのに、彼らも心なしか真面目に練習に取り組んでいるようだった。今この日々が愛おしい。あの日命を拾われて良かった。
綱吉に銀時。あの事件から、山本はこの二人を野球部員に負けず劣らず気に入っていた。


「なー山本ぉ」

部活が終わり、部室で汗まみれのユニフォームを脱いでいると、一人の部員が話し掛けてきた。猪瀬は山本と同期であり、彼も野球の腕は良い。二年に上がる頃にはレギュラー入りを果たしているだろうと山本は予想していた。

「ん?」

「こないだお前が連れてきた沢田って奴いんじゃん。あいつお前と同じクラスなんだよな?」

唐突に名前を出され一瞬面食らうがすぐ笑顔に戻り、そうだと返す。友人がまた別の友人に興味を持つというのは嬉しいことだった。

クラスが違い、猪瀬と沢田――銀時には接点が全く無い。何故猪瀬が銀時の事を知っているかといえば、それは山本が銀時を野球部へ連れてきたからだった。
授業で良い動きをする銀時が何の部活にも入っていないと聞いて、見学だけでいいからと誘った。結局練習に参加することになり、もみくちゃになっていたことに罪悪感が沸くものの、センスがあると褒められる銀時を見てやはり連れてきて良かったと思ったものだ。それにこれがきっかけで銀時は同じクラスの野球部員と話すようになり、今ではクラスに馴染んでいるようだったし、部活は初心者の腕前に闘志を燃やし活気が溢れてきた。顧問も「不良」という認識だった銀時の様子に考えることがあったようだ。

良い事ずくめだった銀時のための見学会の時、猪瀬は特に銀時に興味を持ったようだった。元々好奇心旺盛で友人と騒ぐのが大好きだという彼は山本に腕を引かれる銀時に真っ先に駆け寄った。銀時を練習に参加させたのも猪瀬だ。そして、野球部へと最も熱心に勧誘していたのも猪瀬だった。

「お前のクラス行ってもあいついつもいないしさ。違うのかと思ったけどやっぱそうだったか」

「あー、そういやそうだな。銀時って良くサボるしすぐフラフラどっか行くんだよなあ……イノお前タイミング悪いのな!」

「うるせー山本!……でもやっぱそうなのか。くっそーあいつと話したかったのに!!」

地団駄を踏む猪瀬に自然と笑みが溢れる。銀時に友人が増えるのは良い事だ。それに猪瀬も銀時も山本の友人達の中でも特に「良い奴」で、この二人が仲良くなるのを反対する理由はなかった。

「じゃあさ、俺が銀時引き止めておくからその時に来いよ」

「え、いいのか!?」

「もちろんだって!つーか明日の昼なら銀時も予定ないらしいし、そん時一緒に食おうぜ」

「っしゃああ!」

話したいことは山ほどあるのだと、それからずっとマシンガンのように話し続ける猪瀬に相槌を打ちながら、明日の昼時に思いを馳せた。




「銀時!メシ食おーぜ!」

山本より遥かに華奢な肩に腕を回す。この時いつも「野球部で鍛えればいいのに」なんて思いが過ぎるのだが、口には出さない。

「おー。というか山本、なんか今日上機嫌だな」

「そーか?」

「そうだよ」

銀時には上機嫌に見えているらしい。確かに今日を楽しみにしていたのだから、それが顔に表れているのだろう。
肩に腕を回したまま、今日は廊下側の席に誘導する。いつもはクラスメートがごちゃまぜになって大勢で食べる中に自分も参加するのだが、今日は猪瀬が見つけやすいように端で二人座るつもりだ。
端に座っていたとしてもさすがというべきか、山本に話を振られる回数が減ることはなかったが。ムードメーカーの名は伊達ではない。

適当に話を受け流したり銀時と他愛の無い話をしていると、廊下からバタバタと忙しない足音が聞こえてきた。首を伸ばして廊下を確認すれば、移動教室だったのか理科の教科書を小脇に抱えてこちらへ走ってくる猪瀬の姿が見えた。

「おおっ山本発見!」

山本の姿を見止めてそう大声で言ったかと思えば、遠慮なくクラスに入っていく。教室のあちこちから「イノじゃん」「やっほー猪瀬ぇ」と彼を歓迎する声が聞こえる。それに笑顔で答えながら、猪瀬は隣から椅子を拝借して机の一角を陣取った。

「遅かったな」

「移動教室が購買から遠いとこでさ、行った頃には混みまくり。あー疲れた」

机の上に戦利品を並べてそのうちの一つを開けながら猪瀬が銀時へ体ごと顔を向けると、そこには微妙な表情があった。

「よお沢田」

「…………エッ、ウン」

「……あ、もしかして覚えてない?」

「ソンナコトナイヨ」

明らかに覚えていないようである。猪瀬はがっくりと項垂れた。

「えー、大沢クン。理科の赤点回避できた?ちゃんと進級できそう?」

「だれだよ大沢!残念ながら理科は得意だ!俺だよ俺、ほらお前が野球部来た時に一番話しただろ?」

「……あぁー、なんかそんなのいたようないないような。ほら俺ってば山本しか見てなかったからさ」

「お、銀時俺のこと見ててくれてたのな!」

「ひでえ!!猪瀬だよ猪瀬!」

猪瀬と山本という組み合わせのこともあり、すっかり三人は注目の的だった。三人のやり取りで爆笑するクラスメートに、しかし当の三人は気付かないようで、特に猪瀬は銀時に名前を覚えて貰うのに必死だった。

「猪瀬裕平、好きに呼んでよ。俺も沢田のこと銀時って呼ぶからさあ」

「まあツナと見分けつかなくなるしな」

「俺はイノって呼んでる。イノ人口が一番多いよな」

「山本が?じゃあ俺もイノでいく」

「おうよ!」

ようやく呼ばれた名前に安堵の笑みを浮かべる。まさか認識されていないとは思わなかったが、これでもう覚えられただろう。

そこからは世間話という名の猪瀬のマシンガントークに山本と銀時が相槌を打つというやや一方的な会話がなされた。時々される質問に答えながらもげんなりとしている銀時を見かねて、山本が苦笑気味に助け舟を出した。

「イノ、銀時が死んでる」

「え!?」

「お前のテンション初体験なんだから加減してやれよなー」

「えー、じゃあ、銀時、俺に何か質問ある?」

どうしてそうなった。銀時は猪瀬から送られてくる期待の視線に圧されながら、疑問に思っている事を尋ねた。

「なんでわざわざ俺に会いに来たんだ?」

猪瀬と山本は目をぱちくりさせた。そんなの決まっているだろう。

「そりゃあ、お前と仲良くしたかったからだよ」

「銀時は良い奴だしな」

「うんうん。今日話せて良かった!だからこれからもよろしくな」

「……おう」

前より友人が増え、人と繋がりを持つことに今ではすっかり慣れたものだ。しかし、ここまで直球に言われるのは恥ずかしい。自分と仲良くしたいがためだけにここに来たという猪瀬に少しだけ照れ臭く思いながら、銀時は小さく頷く。
その姿を見て、山本は「やっぱり猪瀬を連れてくるのは正解だった」と満足気に笑った。


+++

猪瀬 裕平 イノセ ユウヘイ 164cm
野球部所属、クラスのムードメーカー的存在でクラス問わず友達が多い。性格は奔放で暴走しがち、好奇心旺盛で興味のあるものにはすぐ飛びついていく。野球の才能もそこそこあり、三年が引退したら空いた枠に真っ先に入れられる予定。
銀時への第一印象は「白い!細い!」で、それなのに結構な運動神経を持つ銀時が不思議で仕方ない。もふもふ白髪に触りたくてしょうがない。
銀時の弟のツナの存在はまだ知らず、後に銀時から話を聞いて再び興味を持つことになる。


というわけでモブ(?)との楽しい語らい(?)でした。無意識に沢田を坂田と書いてしまう。
姉弟の話の冒頭で野球部見学に行ったと思いますが、それの数日後辺りの話です。

銀さんと仲良くしたい猪瀬君とちょっと照れくさい銀さんとにこにこ見守る山本を書きたかった。
だって初期の銀さんの友達といえば、雲雀さんだけですよ。ツナは兄弟なので範囲外。
唯一の友達が最強で最恐とか。というか交友関係において一般人がゼロ。最近の友達も山本は将来普通じゃなくなる予定だし獄寺はマフィアだしクラスメートとはそれなりに仲良くするけど、現時点では教室で話す程度で遊びに行ったりはもっと後の話。
なので猪瀬君は銀さんにとって初めての、一般人で一緒に街に繰り出しちゃえる仲の友達になる。予定。
自分の直面している難しいこととか恐ろしいことを何も知らない友人も人生には必要ですよね。

猪瀬と山本は性質が似ていることもあってか元々気が合い、野球部一年の中でも仲が良い。中一なのでこれからまだまだ身長は伸びる。山本越えの180越えが目標。しかし山本も中一で伸び盛りなので鼬ごっこ。ギリィ。


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