帰る場所
「いやいやいやいや、そんなはずねえよ、俺んちの番号と住所はちゃんと覚えてる」
「しかし……」
「帰りたくないとかそういう気もねえよ。家族仲は良好なんだ。むしろ早く帰らねえと」
神楽がいい加減心配してるんじゃないだろうか。新八も俺の行方を探しているだろう。早く帰って安心させないといけない。
「銀時君、これからいくつか質問をするから、正直に答えてほしい」
「……分かった」
「君が誘拐された日は何をしていたのかな」「家でごろごろした後はすぐ布団に入って、気付いたら誘拐されてた。あの場所に行った記憶はねえ」
「最近素行の怪しい者と接触したことは」「割りと治安悪いところに住んでるからしょっちゅうだ。ただ、何かされたって訳でもねえな」
「ふむ……身分を証明できるものは持ってる?名前の書かれたものでもなんでもいい」「生憎持ってねえな」
「両親の名前とご職業は」「親はいない。同居人と三人で暮らしている」
親子は同時に息を飲んだ。
「学校名は」
「通ってない」
「そんなはずはないだろう」
「そういう奴なんて腐るほどいるだろ。前は寺子屋に通ってたが今は必要もねえし――」
「寺子屋?」
跡部父が怪訝な表情を浮かべる。さっきから何なんだ。
「先ほど、歌舞伎町に住んでいるといったね。どこの歌舞伎町か分かるかな」
「はあ?そりゃあ江戸のだけど……」
親子は揃って顔をしかめた。
「これは、記憶が混濁していると言っていいものなのか……」
少し待っていなさい、と言って、再び跡部父は病室を出ていった。
全く予想外の反応に目を白黒させていると、困惑しきった跡部と目が合う。
「江戸、ってのはあれか、東京のことを言ってるのか」
「江戸は江戸だろ」
「そうか……」
再び無言の時間が始まる。
気まずい空気の漂う中、ようやく跡部父が帰ってきた。後ろに医師を連れている。ああこれはもしやと嫌な予感が駆け巡る。
「彼は信頼できる医師だ。これから彼のする質問に正直に答えるように」
よろしくねと柔和に微笑む医師。反して如何とも形容し難い表情を浮かべる跡部父。やはりこれは、確実に頭がおかしいと思われたらしい。
質問は、普段していることや住んでいる場所のこと、同居人との暮らし、好きな食べ物など様々だった。時々ふざけているかのような質問もされ、終わる頃には俺はぐったりしていた。
質問を終えた医師は、優しく微笑んで労いの言葉を掛け、跡部父と共に病室を後にした。その間ずっと目を白黒させて様子を眺めていた跡部は、最後まで訳がわからないといった表情を浮かべていた。当然だろう。俺も訳がわからない。
今度はだいぶ長い時間跡部父が帰ってこなかった。何度も何度もこの病室を出たり入ったりする跡部父に何かしているであろうことは察せられるも、俺に関わることである以外の検討はつかない。そもそも非常に多忙らしい彼が俺一人にこんなに時間を裂いてもいいのか。
悶々とした長い時間を跡部と過ごし、跡部父が作業を終えて戻ってきた時には無駄な疲労感が襲っていた。曲がりなりにも怪我人だぞコノヤロー。
「銀時君、お疲れさま。……結局君の家は見つからなかったよ。同居人や君の言っていた知人も探したが、駄目だった。見つかるまで君は仮にどこかで過ごさなければならないが――」
知人――お登勢や長谷川さん、妙、辰馬、町の住民達の連絡先を知る限り吐き、自棄になって真選組の連絡先まで話したというのに、結局何一つ情報は得られなかったようだ。まさかテロリストの名前を出す訳にもいかない。これ以上は俺にもお手上げだった。
神楽、新八。二人は心配だ。いなくなった俺を探していることだろうーーこれまでだってそうだった。
大抵は不可抗力だ。今回も同様。帰れないのならば仕方ない。
しかし、帰る方法さえ分からないというのは、あまりにも不安なものだった。
「――施設という手もあるが、もし君が景吾のことを憎からず思ってくれているのなら、どうだろう。我が家に来てはくれないだろうか」
俺はばっと顔を上げ、跡部父の顔を見上げた。長く険しい顔だった跡部父の表情はようやく元の優しげなものへと戻っていた。ふわりとした笑みは背景に淡く咲く薔薇の幻が見えるほどに美しい。
俺は早く帰りたいと思っているが、探しても見付からないならいくら掛かるか分からない。施設でも構わないが、自由な行動が制限される可能性もある。頭はおかしいと思われているかもしれないが、幸い跡部を救ったことも手伝い跡部父は俺に好意的だった。
跡部はどうなのだろうと顔色を伺うと、何故か僅かに目を輝かせていた。
「命を救ってもらった恩返しがしたい。……それに、お前がいるのは俺も嬉しい」
照れて頬を染める分かりやすい跡部と、人の良さそうな笑顔を崩さない跡部父。顔の良すぎる親子が二人して期待の目を向けてくる。選択権は無いに等しいが、俺の帰る場所は行方不明だし、俺も命を救って貰ったようなものだし、跡部も悪い奴ではないし。
後のことは後で考えればいいのだ。ここは好意に甘えよう。
「じゃあ……お世話になります?」
首を傾げてそう言うと、――跡部は出会って初めて笑顔を見せた。
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