ストレイシープ

腹が焼けるように熱い。
跡部には何とか当たらずに済んだようだった。 流石俺だ。目の前の、茫然とした跡部に笑い掛けて、血を吐いた。

「ぎっ」

大丈夫だって、俺はまだやれる。肩に伸びてきた跡部の手を払って、何とか男と向き合う。
フラフラになりながら、男へにじり寄る。再三の発砲が起こるも、当たりはしなかった。
まだ敵はいるのだろうか。跡部が一人になるのは避けなければ。警戒を怠れない。まだ倒れることはできない。
朦朧とする意識の中で、最後の銃声を聞いた。

「銀時!銀、しっかりしろ!」

跡部の声が遠い。

「あ、と」

遠い。


***

最後の一人が倒れていく。同時に、銀時も。
この場所にいる誰よりも赤く染まっていて、医学の知識がない跡部でさえ危険な状態であることがわかった。

「銀時!銀時、おい……起きろ、起きろよ……」

揺さぶるのは駄目な気がして、慎重に銀時の肩へ手を添える。頬を叩いて呼び掛けても反応はない。
――俺がちゃんと逃げ切れていれば。
銀時なら、一人でこの場を切り抜けることもできたのだ。だが、自分がいたせいで、余計な荷物を背負うことになった。腹の傷だって、自分を庇わなければ、一人で対応できていれば撃たれることはなかった。後悔ばかりが頭を支配していく。
――こいつは俺を守る行動を取っていたのに、俺はこいつを盾に隠れて、揚句一人で逃げてしまった。
この状況をどう動けば良いのか、まだ幼い跡部に判断することは難しい。ただひたすら、銀時の頬を叩き、呼び掛けた。

「景吾様!」

不意に名前を呼ばれ、顔を上げる。キョロキョロと見渡すと、見知った者がこちらに走り寄ってきていた。

「大事ありませんか!?お怪我は!」

そう言って跡部を慎重に伺うのは我が家の使用人だ。
何故ここにいるかはどうでもいい、兎に角、何よりも銀時を先に。

「俺は何ともないから、こいつを!」

使用人はハッとして銀時へ目線を移すと、険しい表情を浮かべた。

「この傷では、幾日もつか……」

「いいから!早く病院へ!」

いつまでも動かない使用人を怒鳴り付ける。使用人は渋面のまま通信機器を取りだし、何か指示を出したようだった。それから数秒も掛からず、上からヘリコプターが現れた。
ヘリコプターは危なげなく着陸すると、扉を開ける。中から出てきた男達はあっという間に銀時を担架に乗せ、ヘリコプター内へと運んだ。

「さあ、貴方も」

肩に手を乗せられ促されるままにヘリコプターへ乗り込む。銀時はいつの間にか、何かの器具に繋がれていた。服を切られ、剥き出しになる傷痕に目を逸らしそうになるが、堪えてじっと見続ける。
――俺のせいでこうなったのなら、俺は逃げてはいけない。



病院に着いたのはあっという間だった。銀時に意識を向け過ぎて、時間の経過が気にならなかったのもあるが、やはり跡部財閥の力の賜物でもあるだろう。急患であるのにも関わらず受け入れ先が直ぐに決まるのも、名前のお陰だ。
銀時は到着して直ぐに手術室へと送られた。跡部も万が一を考えて検査を受けることになった。検査を受ける前に、普段ならこの時間に会うことなどあり得ない父親が現れ、跡部を抱き締めた。その瞬間に瞳から涙が流れ出す。気を張って忘れていただけで、ひどく怖かったのだ。漸く安心できる場所に帰ってこれた。

父親は、先程の使用人と共に事の顛末を教えてくれた。
実のところ、跡部が誘拐されて直ぐに救出に向けて動き出していたらしい。機器で確認した跡部の位置と鞄の位置が明らかに異なる上、普段なら考えられないスピードで見知らぬ土地へ移動しているのだから異常は直ぐに見て取れた。また、誘拐犯からの連絡が来たことで悪意があると確定的になったため、少々大規模な部隊となった。
誘拐犯の指定する先へは要求通りに金の入ったトランクを持つ使用人一人で向かわせ、もう片方、跡部の捕らえられているであろう場所には、多数の対銃撃部隊を向かわせた。ただ、彼らには建物内の様子が伺えず、手を出しかねていたようだ。「まさかご自分で脱出なさるとは思いませんでした」と使用人が言う。あれのお陰で突破口が開けたと。

「そうだ、あの男の子は友達か?」

不意に父に問われる。跡部は暫く考えて、無言で肯定する。


「そうか。……勇気のある子だな。お前を導き、救ってくれたんだろう」

そうだ。銀時が外まで連れ出してくれたのだ。そして、俺の代わりに――。跡部の表情に陰が落ちる。

「きっと助かる。今はただ祈りなさい」

父の言葉に何か返すこともなく、ただ頷いた。

タイミング良く看護師が入室してきて、跡部の検査が始まった。


***

うっすらと意識が浮上していく感覚。薬品のにおいや体に触れるものの肌触り、何度か経験のあるそれらは、まさしく。

「……あっ」

最初に見たものは白い天井でも白衣の天使でもなく、間抜けな顔のガキだった。
俺と目が合ったそいつは数秒ほど固まり、それからどんどん瞳に涙を溜めていった。

「っ起きた……」

「……おはよう、跡部」

へら、と笑い掛けると、跡部は形の良い瞳を歪ませる。雫が一筋頬を伝った。



やはり俺は気絶したらしい。普段の俺ならまだしも、子供にあの傷は流石にきつかったかと反省する。まあ二人とも助かったようだし良しとしよう。
俺は丸一日眠り続けていたようだった。本来なら助かる確率も低く、助かったとしても意識を取り戻すことができるかどうか分からないという状態だったらしく、俺の生命力に医師は瞠目していた。
跡部によると、あの後直ぐ、誘拐犯共は捕まったらしい。規模も小さく、寄せ集めの烏合の衆であり、一網打尽にするのも容易かったという。跡部のセレクトした書類に全員分の名前もあるため、捕り漏らしもないらしい。確かに計画書とかガバガバだったもんな。俺が伸しきれなかった最後の一人は、跡部家所有の狙撃班が沈めたようだ。狙撃班を所有ってどういうことだ。平然と話す跡部に、俺の想像を越える金持ちであると確信した。辰馬でもそんなの持ってなかったぞ。

俺と跡部が話していると、ノックの音がする。ドアを開け入ってきたのは、知らない男だった。
動く度に美しく揺れる髪に、成人男性とは思えないきめこまやかな肌。甘く整った顔はさぞかし女性にモテるだろうと想像できる。佇まいから明らかに上流階級の人間であることが伺えた。

「君が銀時君だね」

男は涼しげな口許を緩く持ち上げた。

「景吾を助けてくれてありがとう」

次いで跡部の父親と名乗る男は、跡部の隣に腰掛けた。

「景吾から聞いたよ。君がどれだけ景吾の力になってくれたか」

「そんな大層なことはしてないっすよ」

むしろ、救出に動いてたならそのまま待機していた方が良かったかもしれない。そんな俺の考えが読めたのか、跡部父はふ、と雰囲気を和らげた。

「そんなことはない。暗く身動きも取れない状態でただ待つよりも、ずっと希望が持てただろう」

跡部と良く似た瞳が細まる。西洋の絵画のように完璧な微笑だ。

「さて、ここからが本題だ……ご両親に連絡したいのだが、連絡先を教えてくれないか?」

ご両親、という言葉に声が詰まる。まずい。子供の姿なんだから当然の要求だが、両親はいないから万事屋に連絡してもらう他ない。神楽や新八に見られたら相当からかわれるだろう。しかし、事情を話して三人で解決策を見つける方が早いだろう。女体化やら入れ替わりやらでこの手の案件は慣れている。慣れたくなどなかったが。

仕方なく万事屋の電話番号を教え、ついでに送って貰えるということで住所も教える。これでようやく我が家に帰れるわけだ。
跡部父が電話のために病室を出るのを眺めながら考える。

――そういえば、俺が捕まっていたのは結局何故だったのだろうか。

「俺ってなんで捕まってたんだ?そもそもどこで捕まったのか知ってるか」

「俺も父から聞いただけなんだが……どうもあの建物の前でフラフラ歩いているところを見付けたから、らしい。全員が口を揃えて言っていると」

「……」

「あんなところに何でいたんだ?」

「……行った覚えがねえんだよな。あんな場所知らないし」

僅かにしか拝んでいないがあの建物に覚えはないし、そもそも外出した覚えさえない。まさか夢遊病になった訳でもあるまい。
跡部と俺は不可解な事態に二人して考え込む。どういうことだ。もしかして、天人の何らかの技術でやられたのかもしれない。だが発端も分からない。一体俺の身に何が起こったのだ。

考え込む俺らの元へ、電話を終えた跡部父が帰ってきた。表情は何故か暗い。困惑しているようでもある。

「銀時君、本当にこの番号で合ってるのかい」

不可解な質問に戸惑うも肯定する。子供の保護という説明で神楽か新八がいたずら電話だと判断したのだろうか。

「電話に出たのは、独り身のご老人だったよ。君のことは知らないと」

「え?」

「君の言っていた住所も調べさせたが、そんな場所はどこにもない。存在しない住所なんだよ」

本格的にまずい。跡部父の表情が険しくなっていく。

「何か帰りたくない理由でもあるのかな?こんなことがあったんだ、理由があれど家の方に伝えなくてはならない」

困った。どうしよう。

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