不釣り合いの力

目の前には草木の緑と、曇りがちな空が広がっている。外だ。二人同時に走り出す。
出られたのか、よかったとほっと息を吐いた瞬間、右足に電流のような痛みが走った。

「っああああ!?!?」

「銀時!?」

ふくらはぎから地面へぼたぼたと赤い雫が滴り落ちる。バランスを崩し掛けるも、この程度の痛みなら慣れている――右足に力を込めて踏ん張れぱ、出血量が増えるのと引き換えになんとか倒れずに済む。

「大丈夫だ!お前は走れ!!」

叫ぶも、俺が負傷したことが予想外にショックだったのだろう、跡部は目を見開いたまま立ち尽くしている。ああ、仕方ない。跡部の腕を掴み、足を引き摺りながらも建物から出来るだけ離れようと全力で走る。
再び銃声が響く。俺より数メートル右の木に命中したようだった。

「チッ、外れた、」

「馬鹿、跡部の方に当たったらどうする!追い掛けるぞ!」

背後から騒々しい声がする。同時にこちらに走ってくる足音。後ろを確認すると、五人の男達が俺達を追ってきていた。全員銃を持っている。が、会話から察するに腕はそこまで良くないようだ。
何故かは知らないが、バレていたのだ、上の方にいた連中に。いつなのかは分からないが、それでも建物内ではないだけマシだ。まだ抗う選択肢が多い。

「跡部、いいか、このまま前だけ見て走ってろよ」

「え、何――」

そう言って跡部の腕を放し、男達の方へ振り返る。

「何してんだ!お前も逃げるぞ!」

「馬っ鹿、俺の足に合わせちゃどっち道追い付かれるだろ。なら、立ち向かうのが一番だ」

「でも、その傷じゃ」

「だーいじょーぶだって。言ったろ、銀さんつえーからって。……お前は先に行ってろ」

お前に何かあったら色んな所に迷惑掛かるんだろ。俺に何かあるよりずっと。
跡部も分かっているのだろう、一瞬迷う素振りを見せるが、直ぐに走り出した。何が最も重要なのか、今何を優先すべきなのか――唯一つを選択することができる聡明な子供だ。自分の立場について、幼い頃から随分と言い聞かせられていたに違いない。

さて、敵はというと、あと数メートルというところまで迫っていた。
俺と跡部が分かれたことを悟ると、一人が立ち止まり、残りの全員が跡部を追い掛ける体勢に入ったようだった。まあそうなるわな――思い通りにはさせねぇけど。

右足は止血もしていないため相変わらずダラダラと血が流れ続けているが、俺としてはこの程度は日常茶飯事だ。伊達に普段から腹に風穴開けてねえぞコノヤロー。
左足に重心を掛ける。跡部の足が速いのかは知らないが、子供の速さでは直ぐに追い付かれるだろう。その前に、目の前の男を何とかしなければならない。
男は勝ち誇ったように笑みを浮かべて、躊躇いもなく銃口を向けた。さっきは室内だったから味方に当たる可能性を考えて不用意に撃ち込んでくることもなかったが、今はほぼ確実に的に当てられる距離だ。――相手が俺でなければ。

男が引き金を引く前に俺は動き出した。弾を避けるのは難しそうだ。なら、突っ込めばいいのだ。右手の鉄パイプを勢いよく振り上げる。甲高い音を立てて銃弾が弾かれるのを感触だけで確認し、止まることなく男に肉薄する。男は撃ち込んだままの体勢で勝利を確信したように笑んでいる。その笑みを潰すように、顔面へ向かって鉄パイプを振り下ろした。
ぐちゃりと肉が潰れる感触の残るまま、男の状態を確認もせずくるりと方向転換し、勢いのまま駆けた。跡部のあと数メートル先まで男達は迫っていた。
右足は悲鳴を上げている。そういえば、子供の頃は刀傷こそ何度も受けたが、銃弾を撃ち込まれたことはなかった。銃撃は攘夷戦争に参加してからの話だ。そりゃあ慣れないのも頷ける。
この足では追い付かないと確信した俺は、再び左足を軸にして、今度は鉄パイプを投げ槍のように構える。跡部に一番近い男は、既に跡部へ手を伸ばしていた。

「せぇ――っのぉ!!」

力の限り振りかぶる。先の戦いで歪んだにしては真っ直ぐに、正確に目標へ飛んでゆく。跡部の襟首が奴の手に触れる前に、鉄の塊は男の脳天へ直撃した。
男の間抜けな呻き声に、跡部が反応して動きが鈍くなるが、それは男達も同じ――否、目で一部始終を確認していた分、男達の動揺は酷く大きいものだった。全員が減速し、攻撃の出所を確認しようと振り向く。その動作だけで十分だった。懐から先ほどくすねたナイフを取り出すと、狙いを定めて一本投擲する。男達の目が俺を捉えるよりも先に、ナイフは右にいた男の腕に深々と突き刺さった。

「ヒッヒイイイイイ!!」

ナイフの刺さった自身の腕を見て情けない悲鳴を上げる。パニックになったのだろう、腕のナイフを力任せに抜こうとしている。そのせいで、腕は血だらけになっていた。

「抜かない方がいいぜ、血が止まらなくなる」

「ヒイッ」

既に三人の男達は恐慌状態に陥っていた。そりゃそうだ、明らかに自分達が力で捩じ伏せられそうな子供が、既に二人仲間を倒した上一人に危害を加えている。神楽みたいな例外を普段から見ていない限り、こんなイレギュラーな事態に動揺しない筈がない。
後は簡単だ。走るスピードを乗せてナイフを刺された男の腹に拳をお見舞いすると、血液が抜けたこともあってか簡単に昏倒する。

後は二人だ。敵へのルートに鉄パイプが落ちていることを確認すると、直ぐ様走り出す。男はびくびくしながら銃を構えたが、その前に鉄パイプを拾うことに成功した。一発撃ち込まれるも、頬を掠めるのみ。構わず突っ込んで、脇腹に重い一撃を食らわせた。後一人。

乾いた銃声が聞こえた。見当違いの場所に当たった弾に嫌な予感がする。

最後の一人は、目を大きく見開いて、拳銃を構えていた。ああ、自棄になったのだ。
先程の男達の動きからは、激しい銃撃戦を行う事態を想定していなかったことが伺えた。そりゃあ、ただ子供をダシに取引を行うだけの筈だったのだ、仕方ない。最後に残った、恐らく戦い慣れしていない男がパニックを起こすのも頷ける。計画倒れどころじゃないだろうし。
俺の後ろには跡部がいる。非常に面倒だ。……流石に俺も、久々の幼い身体に慣れない戦闘方法で動き続けたため、体力が限界に近い。弾切れを待ちたいが、拳銃に今何発残っているのかなど分からないし。
考える間もなく、追撃がくる。何とか鉄パイプで対応しようとするも、狙いが定まっておらず逆に困る。そもそも鉄パイプの形は素早い動きにそぐわない。斬撃が間に合わず、左肩に銃弾が食い込む。また左肩か……。

「銀時!」

跡部の声がした。数メートル先で立ち止まってしまった跡部は、俺の怪我にかこの惨状に対してか、酷く顔を歪めていた。このタイミングで叫ぶやつがあるかよ――それに気づいた男が、跡部に銃口を向けた。

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