何者か

こっそり中を窺うつもりだったのに、思ったよりも大きく軋んだ音を立てて扉が開く。

――何だ!?どうした!
中から数人の男の声が聞こえる。幸い距離はそこまで近くないようだ。

仕方ない。
一気に扉をこじ開けると、中に飛び込む。どうやら開けた一室ではなく、今まで通って来た道同様の廊下だったらしい。好都合なことだ。
俺が姿を表した瞬間、対極に男が現れる。髪をオールバックに固め、趣味の悪い派手な服を着た、如何にもといった風貌の男だ。手には鉄パイプを持っている。尚更都合が良い。

「おいお前!何で出てこれブッッ」

無防備にも口を開いた瞬間を狙って男に肉薄し、顎に一撃蹴りを食らわせる。脳震盪を起こしたであろう相手は呆気なく気絶し倒れてゆくので、遠慮なく武器を入手させて頂いた。さて、次だ。

男が現れた方へ曲がると、そこが部屋になっていたらしい。廊下を隔てる扉もなく、あの重い扉が開けばすぐに気づくことができるようになっていたようだ。事実、この部屋にいる全員が殺気立っている。

「おい、まさかヤスの野郎、こんなガキにやられたのか?」

先程の男はヤスというらしい。つくづくそれっぽい男だ。
この部屋にいるのは五人。先程のヤスもそうだが、全員が洋装だ。
恐らく子供相手なら一人で十分だと単身向かわせたのだろう。子供相手に鉄パイプはどうなんだと思ったが、俺は殺して構わないようだし、実際に跡部に使った場合でも拳銃よりは殺す可能性も低いし、案外良いのかもしれない。
対してここの男たちは揃いも揃って拳銃を持っている。子供相手でも一応は手に構えるところは素晴らしい。

「あのー……俺ってば道に迷っちゃったみたいな?」

「お前は――お坊っちゃんの方じゃねぇよな?」

「ほー、じゃあ殺しても問題ないな」

「ちょ、少しは話し合おうって気はねーのかよ!俺って正直巻き込まれただけじゃね!?助けてくれてもよくね!」

いきなり殺気立つ敵にへらりと笑って問うが、誰一人として聞く気はないようだった。

「ガキ一人とっといても労力の無駄だっての!」

男達は拳銃を構え、つまらなそうに引き金を引いた。



***

扉の向こうから銃声が聞こえてきた。
死角から目立たぬように観察を続けるものの、誰一人現れる気配がない。銀時はどうなったのか。無事なのだろうか。耳から得られる情報などほとんどなく、焦燥ばかりが募ってゆく。

そもそも無理な話だったのだ。ただの子供が大人の組織に立ち向かうなど、フィクションの中だけの話だ。ましてや今の銃声――大人しく待っていた方が良かった。冒険心の強い銀時を、自分が冷静に押し止めるべきだった。ここで銀時が撃たれて最悪の事態になったのなら、それは自分の責任だ。
銀時は、誘拐された理由が思い当たらないようだったし、先程の男の態度からも、単に巻き込まれただけの可能性が高い。

全ては誘拐犯が原因だが、跡部が自分を責めるのに十分な理由だった。

もう一度、銃声の音が響く。
銀時は無事なのかーー銃が当たっていたとしたら、無事では済まない。分かっている。

跡部は今丸腰だ。戦う術も持ち合わせていない。勉強や、テニスばかりやってきたことが悔やまれる。仮にも御曹司なのだから、何か護身術を習うべきだったのだ。
しかし、だからと言って逃げる訳にはいかない。自分のせいで巻き込まれた銀時が今、殺されようとしているかもしれない。

跡部は笑う膝を抑えて、扉を睨む。大丈夫、俺は大事な人質なのだから殺されない、俺が大人しくする代わりに銀時を助けてもらうのだ。

跡部は決心を固め、いざ扉の中に飛び込んだーー。

「うお、危ねえな!」

「っ銀時!」

「なんだ、跡部か。待ってろって言ったのに」

扉のすぐ前に銀時はいたようだった。焦った様子もなく、偶然街でばったり会ったかのような気軽さでよう、と手を挙げている。下げている方の手には何故か、鉄パイプが握られていた。この時点で何となく察するが、跡部にはあまりに信じられない。

「お前、銃声は」

「あ?あー、とりあえず全員伸しといたから、あの部屋は安全だぜ」

そんな馬鹿な。あまりに平然と放たれた言葉に着いていけず、銀時の示す方向ーー銀時の後ろを覗き込む。
そこには一人の男が倒れていた。自分の意思で寝転がるにはあり得ない、苦しそうな体勢だ。

銀時を見つめると、無言で曲がり角へと歩き始めたため、着いていく。曲がった瞬間目に飛び込んで来たのは、複数の男たちが地面に伏している光景だった。

「お前、何者だよ……」

跡部が力を振り絞って銀時へ問う。銀時は気楽な口調で良い放った。



***

拳銃を構えている時点で撃たれることは想定内だった。寧ろ、五丁の軌道のみ注意していればいいなんて、楽勝すぎる。ウン十人単位でヤクザに囲まれた経験がある銀さんなめんなコノヤロー。

銃声が一つ。撃った奴はとりあえず無視しておく。強引に突っ込んで、まず一番手前の男の腹を鉄パイプでかるーく打つ。すると隣の奴が動揺してくれちゃうので、遠慮なく顎を飛び蹴りさせてもらう。はい、二人撃沈。
こうなると、俺が仲間の側にいることで銃が使えなくなる。馬鹿め。
案の定襲い掛かって来た巨漢を、今度は足払い。自重で衝撃も酷いことだろう。運悪く頭を打ってしまったらしい巨漢は呆気なく昏倒した。

さて、あと二人だが。と向き合った瞬間、片方が一発撃ち込んで来た。

「っ!おい、お仲間に当たるぞ!」

「し、知るか!なんなんだよお前はぁっこのっ化け物――」

俺の子供らしからぬ動きに恐怖したのか、半狂乱状態のようだった。そのままもう一発来そうだったため、急いで間合いを詰めて鉄パイプで脳天を殴る。
そして最後の一人に目を向ける。

「なあ、俺雇われただけなんだよ。何でも話すからさあ、助けてくんね?」

「おー、素直でよろしい。……じゃあ、拳銃、下ろしな」

「……」

「よく分かった」

最後の男の元へ走る。男が引き金を引くより早く右手首を殴打してから、前の男と同様に脳天へ一撃食らわせた。

当たりは静寂に包まれる。暫く起き上がることもないだろう。この光景を見たら跡部卒倒したりして。
なんて考えながら扉の前まで到達した瞬間、何故か酷く震えた跡部が駆け込んできた。

「うお、危ねえな!」

「っ銀時!」

「なんだ、跡部か。待ってろって言ったのに」

息も荒い。どうやら精神的負荷が重すぎたようだ。銃声聞かせたのはまずかったかと反省していると、跡部の視線が俺の手元に降りるのを感じる。
そりゃあ気になりますよね。

「お前、銃声は」

「あ?あー、とりあえず全員伸しといたから、あの部屋は安全だぜ」

あの部屋、と指で背後を示すと跡部が初めて俺の背後に注目した。瞳孔が若干開いている姿も絵になる美少年っぷり。
再び俺を見つめてきたので、今度は何も言わず部屋へ向かう。曲がった瞬間目に飛び込んでくる光景に、流石に物申さねば気が済まなかったようだ。

「お前、何者だよ……」

跡部が消耗し切った声で問う。そう言われてもなあ。

「坂田銀時、万事屋営んでまーす」

こうとしか答えられないぜ、銀さん。

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