阻まれた進路はぶち破れ

俺達が捕らえられていた場所と違い、扉の外は光に満ちていた。長い廊下のようで、白い蛍光灯が等間隔で天井に取り付けられている。見る限りではここ以外に扉はないようだった。

「開けた瞬間バレて逆戻り、なんてことになんなくて良かったな」

「…………ここからどうするんだ」

緊張で息を詰めていた跡部が、周囲に人がいないことでとりあえずは安心したのか、俺の手を握り返す力を弛めた。正直痛い程だったので内心ほっとする。

「とりあえず歩くぞ」

どうやらこの部屋は廊下の突き当たりにあったようだ。また、廊下は枝分かれしておらず一本道であるため、必然的に通る道は一つだ。

「んで、曲がり角まで行ったら一度向こう側を確認。誰もいなけりゃそのまま突っ切る」

「じゃあ、人がいたら」

「ま、ちょっと居眠りしてもらうことにならぁーな」

「……できると思ってんのか」

跡部が一気に険しい表情になる。子供二人(俺の中身は大人だが)で屈強な男共に立ち向かうことがどれだけ無謀なことか、聡い跡部でなくとも分かることだろう。だが、俺にはやり遂げる自信があった。

そもそも、俺は十歳になる前から一人で戦場を生きてきた。死体漁りが主であり、そう戦う機会がある訳でもなかったが、それでも害意のある浪人共を一人で蹴散らす程度の実力はその時既に身に付けていた。
現在の俺の姿は、その頃よりも後のものだろう。恐らく、栄養不足で育ちきれていない、しかし先生の努力により健康的な身体になりつつある、懐かしい時代のものだ。その頃は、塾に俺とやり合える相手は先生しかいなかった。

そして今は、その身体に十年程度の経験が上乗せされる。
先程顔を覗かせた男程度の敵ばかりなら、複数相手でも遅れを取ることはないだろう。たとえ子供の姿でも、確実に。
問題は腕の立つ人間がいた時だが……その時はまた考えればいい。

「大丈夫だって、銀さんめちゃくちゃ強いから」

手を引いて歩き始めると、諦めたように跡部は俺の少し後ろを付いてきた。


曲がり角までそれほど長いわけでなく、途中で向こう側から人が来ることもなくあっさりと到着した。跡部を少し手前で待たせると、しゃがんでできるだけ体勢を低くして覗き込む。勿論気配は完璧に消している。
曲がった先はまた少し廊下が続いていたが、俺達が歩いてきた道よりも短いようだった。分かれ道もなく、真っ直ぐ進んだ道の終わりには上へと続く階段がある。脇にある表示にB1という文字があるため、ここは地下だったのだろう。
一階に行けば出口があるはずである。狭い階段なため一旦繋いだ手を離すと、先に階段を上る。一階分の階段だが途中に踊り場があり、そこから折れ曲がっているため全貌は見えないが、意外と長そうだ。跡部はできるだけ足音を立てないようにしているようだったが、革靴のせいで思うように消音できていなかった。

跡部を横目で確認する。既に疲れきった表情の跡部が荒くなる呼吸を宥めようと喉に右手を添えていた。常に神経を尖らせてきたのだし、精神的に参るのも仕方ない。

「ここならまだ音出しても問題ないぞ」

周囲に気配かないのを確認しつつ言うと、跡部が力なく「……慣れすぎじゃないか」と呟いた。
隠密の得意なヅラに隠密術を仕込まれたため、目立つ外見にも関わらず俺は隠れることに長けているーー結局戦時中は、俺が最前線を退いて偵察任務に就く余裕などなかったのだが。
しかし、わざわざそんな裏事情を話す必要はないだろう。頭も悪くなさそうだから深読みされて余計な混乱を招くだろうし、俺まで警戒されちゃ敵わない。同じボンボンでも戦闘狂の高杉やら無神経で頭空っぽの辰馬とは大違いだ。

「そんな格好でよく動けるな」

跡部がぼそりと呟いた。
俺の普段の格好といえば、黒いインナーの上に白い着物を羽織りブーツを履くというナウでヤングな格好だ。エキセントリックと評したのは誰だったか忘れたが、俺にとっては慣れ親しんだ動きやすい格好である。しかし、確かに見慣れない者には動き辛そうに見えるかもしれない。特に、跡部は見るからに西洋寄りの家で育ったように見える。和装は馴染みがないのかもしれない。
しかし、跡部が「そんな格好」と言ったのは和服に対してだけではないだろう。
実は、俺は今着物しか着ていない。インナーはおろか、ブーツや下着さえ身に付けていないのだ。

身体が小さくなっていても、そう都合良く服も小さくなるとは限らない。インナーやブーツは無理に履いていけばむしろ邪魔になってしまう。下着は流石に悩んだが、ずり落ちるのを気にしながら歩き回るのはやはり拙い。結局、最後の砦として身に纏っているのが着物一枚のみである。前身頃がはだければ立派とは言いがたいアームストロング砲(略)がこんにちはすることになる。
扉を開けようという直前にいそいそとブカブカのインナーを脱ぎ出した俺を跡部は胡乱げに眺めていた。身の丈に合わない奇抜な格好をした子供なんて怪しいから仕方ない。

「まあ慣れだな」

「……そうか」

納得できないとでもいうように跡部は首を振った。

進行は、警戒が必要な地点になったら俺が合図を出すということに落ち着いた。スムーズに歩けるようになった跡部と俺はようやく階段を上り切ると、一旦一息付く。進める道は一つ、無機質なビルにありがちな、重厚な扉の向こうだ。

「こりゃ流石に、中の様子は分かんねーな」

「お前でも駄目なのか……」

音から何から全てを遮断する扉のようであるし、多少話しても問題はないだろう。しかし、こちらから向こうの様子が分からない。万が一これが、敵の目の前に繋がっていたらーー。
跡部は最悪の事態を想像したのか顔を青ざめさせた。僅かでも息を整える暇があればよかったのだが、そうもいかない。

「跡部」

扉に意識を集中させながら、声を掛ける。

「これから俺がこの扉を開ける。その瞬間、向こう側にいるやつらが襲ってくるかもしれねぇ」

「本当にやるのか?勝機は」

「わからねーよ、でもここまで来たんだ、なるようになんだろ」

わざと軽い口調でそう言うが、やはり跡部の緊張を和らげるには至らない。……そりゃそうか。

「んで、お前の配置だが」

「……ああ」

「あそこの、陰のとこな」

「ああ――っお前、馬鹿か!」

跡部は声を荒らげるも、直ぐにその拙さに気付き口をぱっと押さえる。そしてそのまま睨み付けてきた。
俺の指差した場所は、先程上ってきた階段の丁度曲がる部分、扉のある位置から見えなくなる所だ。

「なんだ、不満か?」

「不満とかそういうんじゃねえよ!一人であいつらとやり合うつもりか!」

「そうだよ」

激昂した所為か、跡部の表情に赤みが戻る。俺としてはこいつが戦おうとしていたことに驚きだ。

というか、俺は跡部がいた方が戦い辛い。
跡部から見れば俺は同じ齢の栄養足りてなさそうなガキに見えるだろうが、俺は大人だ。戦いに関しては跡部どころか並の大人より長けているだろう。
それに、この身体で対複数での勝率をできる限り上げるとしたら、個体識別をせずに自分以外の障害物を一心不乱に倒していく方法が一番だ――下手をすると跡部まで傷つける可能性があるのだ。
言ってしまえば、邪魔、ということになる。
跡部に一旦隠れてもらい、俺が雑魚を蹴散らして、終わってからまた進むのが一番効率がいい。

「んー……まああれだ、お前は万が一の時に奇襲する係な」

「でっできるか!」

「まーそれは冗談として……とりあえず跡部には相手の特徴を観察してもらいたいんだよ」

「観察?」

「そうそう。誘拐に全く覚えのない俺と、誘拐を常に想定すべき立場のお前だったら、お前の方が何か手がかりを発見できる確率が高いだろ?だからお前には一旦襲われる心配のない場所で相手を観察しといてほしいんだよ」

尤もらしいことを如何にもといった表情で言う。相手を見たところで分かることなんて限られているだろうし、仮に分かったところでここから脱出しないことにはほぼ使いものにならない情報しかないだろう。まさかゲームのボスのように突出した弱点があるわけもあるまいし。
兎に角跡部を死角に押し込めれば何でもいい。

「それに俺強いし?大人何人相手でも負ける気がしねぇよ」

腑に落ちないといった表情の跡部に笑い掛けて、頭に手を乗せた。良く神楽にやるのと同じ動作だったが、身体が縮んだお陰で大人の威厳は出せない。

「んじゃ開けるから、早く隠れろ。あ、顔は出すなよ」

「顔出さないでどうやって観察するんだ……」

「耳使え耳、顔出せばバレるから隠れることを最優先にしろよ」

跡部の背中を押すと、よろよろと死角に座り込んだーーやはり子供には荷が重い状況だ。一刻も早く出ねばならない。

一層重く見える扉を睨み付けて、ドアノブに手を掛けた。

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