侍と少年

冷たい床。目が覚めて最初に認識したものだ。
どうやら俺は布団も被らず固い床に寝転がっているらしい。ひんやりとした感触に一気に覚醒し、とにかく起きようと手を動かす――しかし、それができない。
両手両足は拘束されているようだった。手首に当たる肌触りからして荒縄で間違い無さそうだ。いかん、全く心当たりがない。確かによく面倒事に巻き込まれるタチだ、それは認めよう、しかし昨日は特に何をしたという記憶はない。むしろ金がなくてパチンコ屋に行かず、神楽が寝るのと同じくらい早く寝たのだ、昨日ほど健全な日もそうあるまい。
覚えはない。しかし、こうして身動きの取れない状態で転がされているのだ。覚えなんかより、今この状況から脱する方が先だろう。
ここまで考え、俺はようやく目を開け――一人の少年と目が合った。

少年は俺が目を開ける前から俺の姿をじっと見ていたようだった。突然起きた俺に一瞬びくりと肩を震わせたが、表情に怯えは一切見られない。晴太くらいの歳だろうに、妙に落ち着いたやつだ。
辺りは暗いため、少年の後ろを確認するのは難しい。どうやら相当近くに顔があったようだ。もしかすると、狭い所に押し込められているのかもしれない。

「……」

会話はない。そりゃあそうだろう、こんなよく分からない場所で、呑気に話し掛けられる訳がない。ないのだが、とにかく情報が必要だ。

「、お」

「おい」

話し掛けようとした瞬間、相手が俺の言葉を遮った。

「お前も奴らに捕まったのか?」

子供の癖に尊大な口調だが、それを言うなら俺の周りなんて尊大どころか一国の王かの如く唯我独尊な振る舞いをしているのだから些細な問題だとして。
奴ら。それが誰のことなのかはわからないが、捕まっていることは確かだ。

「まあ、そうなんじゃね?」

「……はっきりしないな」

「捕まった瞬間なんざ覚えちゃいねーよ」

最後の記憶が布団の中なのだから、捕らえられたのは寝てる間と考えるのが妥当だろう。つまり、犯人は万事屋内に侵入したということだ。……近くで寝ていた神楽の安否が気になる。

「お前は?」

「俺は、学校からの帰り道、一人でいたところを襲われた。途中で気絶したから道中は覚えてないがな」

学校……身なりからしてもこいつは随分裕福な家庭出身のようだ。それにしてもこんな状況でよく落ち着いていられるものだ。

「お前、いやに冷静だな」

「お前もそうだろう?」

「いや、俺は大人だからね、年下がいる前で狼狽えてらんないの」

「は?お前も子供だろ?俺とそこまで変わらないように見えるぜ?」

「いやいやいや、なんなの頭の中が小学生って言いたい訳!?そんなことないからね、ホラこの見るからに賢そうな顔」

「……まあ、そういうことにしておこう。話が進まない」

ため息を吐かれた。数回しか会話していない、見るからに年上の大人に向かってなんてやつだ。しかし、確かにこのままでは話が進まない。とにかく状況把握をしなくては。

「俺は跡部景吾。お前は?」

「坂田銀時」

「銀時か。……何か被害に遭う心当たりはないか?」

「あ?心当たりねえ……」

例えばヤクザに喧嘩売ったりとか幕府の中心で刀振り回したりとか宇宙海賊に目を付けられたり?ああそれともこの間極道の壁ブチ破ったのが悪かったか。

「ありすぎて話にならねぇなあ」

「!?」

「いや俺はいいんだよ。お前こそどうなんだよ?拉致られる理由、なんかねぇの」

「俺は……」

初めて跡部少年が口ごもる。しかし心当たりが無い訳ではないようだ。暫くしてぽつりと言った。

「家のせいだろうな」

「家?」

「跡部財閥。名前くらい知ってるだろう?その跡取りなんだよ、俺は。だから拐ってどうこうしようとする輩なんてごろごろいるだろうよ」

それから跡部少年は境遇を語り始めた。跡部財閥という言葉に一切ピンと来ないが、とにかく次元の違うレベルの金持ちらしい。どうにか弱味を握りたがる人間も多いだろう。

「お前の心当たりは知らないが俺に関しては確実に、家目当てだろうな」

そう言って顔に陰を落とす少年。顔が整っているからか全く陰気な印象を与えない。さぞ学校ではモテることだろう。
と、そんなことより。跡部少年が拐かされた理由は大体分かった。じゃあ俺は?わざわざ家から連れ去った理由。それも、意識のない大の男だ、一人で運べないこともないが、相当な労力が必要になる。

二人が黙りきって数秒後、いきなり大きな音が響いた。
同時に足の方から光が射し込み、暗闇に慣れた目が無意識に細まる。

「起きてるか?」

随分と低い声だ。音の出所に自然と目が行く。

光を背にしているため、顔を認識することはできなかった。しかし、大柄な男だろうことは分かる。身長は俺と同じ位だろうか、力も強そうだ。
体型に目が行く内に慣れてきたのだろう、顔の輪郭、造形が徐々に明らかになってきた。日本人特有の一重瞼に低い鼻、崩れているとは言い難いが整っている訳でもない。平均的な日本人の顔だ。俺に続いて跡部も光の方を伺ったらしい、男の存在に気付くと小さく息を呑む。

「……お前らの目的はなんだ!」

ようやく現れた敵の存在に跡部が吠えた。威勢が良いのは宜しいが相手が激昂したらどうするんだ、こっちは身動きが取れないというのに。(会って数分なものの)話す限り聡明そうだが、やはり子供だ、恐怖心をまぎらわすために虚勢を張っているのかもしれない。

全体を眺めていた男の目がゆっくりと跡部へ照準を合わせた。

「ふん、煩いガキだ。忌々しい」

「なんだと!?」

「お前を拐った理由なんて一つだろ?一人でのこのこと出てきてくれてありがとうよ」

跡部が唇を噛み締める。口答えする子供がいなくなったからか、男は満足気に笑った。
さて、跡部の理由はいいとして。

「あのー、俺は何でここに連れて来られたんですかねぇ」

「あ?お前……お前は知らん」

「……えっ」

「たまたま居合わせたんただろ、知らんが」

「いやいやいやいや」

どういうことだ、俺は何の理由もなく拉致られたというのか!?

「もっとちゃんとした理由があるだろ?んな適当な理由で拉致られてたまるか!」

「あーもうお前も煩いガキだな!ついでだよついで!」

「適当すぎるだろ!巻き込まれただけじゃねえか、というかガキじゃねぇよ!?確かにあんたと比べたら年齢的にガキなのかも知れんがなぁ、ピッチピチのーー」

「あああうるせええ!誰がどう見てもガキだろうが!とにかく大人しくしてろよ!あのガキと違ってお前なんていつでも殺せるんだからな!」

「んだとコラ誰がどう見ても成人済みの男の子だろーが!おい待て、行くな!訂正してから行けえええ!!」

盛大に言い合った挙げ句何の情報も得られずに、男はいきり立って扉の向こうへ行ってしまった。扉が閉じると同時に辺りは再び闇に包まれる。
何だ、こいつら人をガキ呼ばわりしやがって……いや逆に考えれば若く見えるってことか?

「落ちつけ」

跡部少年が俺へ声を掛ける。いかん、子供の前で大人げないところを見せてしまった。
途端に頭が冷え、すまんと苦笑いしながら少年の顔を伺う。やはり、子供らしからぬ落ち着きっぷりだが、何か思い詰めているようだった。

「ここに入る直前、車のメーターと外の景色を見た。
ガソリンはそう減っていなかったし、外もそんなに暗くはなかったから、あそこからそう離れたところじゃないだろう」

考え込む俺に自身の状況を淡々と話す少年。いやにしっかりしているというか、細かいところまでよく見ているものだ。
思考を止めて少年の顔を見つめると、少年はいやに冷静な顔で頷いた。

「大丈夫、俺には少し特殊なGPSが付いてるんだ。じきに助けが来る」


驚くべきことに。俺は年下の子供に励まされていたらしい。


どうやらこの跡部少年は少年でありながら、一丁前にも俺を安心させようとしているようだ。いやに冷静に見えたのも、混乱する俺の前で取り乱してはいけないと考えたからなのかもしれない。

「……おう、そうなのか」

「ああ。銀時、俺の近くにいる限りお前も助け出される。万が一離れたとしても後で捜索させるから心配ない。だから、焦ることはねぇよ」

その、助けというものに余程の信頼を置いているらしい。その言葉には先程よりも強い力が込もっていた。

「跡部の問題に巻き込んだんだ、最後まで責任は持つさ」

「……」

それはあの男の言葉からの推測だろう。恐らく適当に漏らしたであろう言葉だが、俺は絶対に違うという確信がある。何故なら、俺はここに来る前、自宅で眠っていたのだから。跡部少年の通学路がどこかは分からないが、そこに行ってはいないと確信を持って言える。巻き込まれて拐われたなど、ありえない。……あの男が適当なことを言ったせいで、少年に余計な義務感を植え付けてしまったらしい。

跡部は意思の強い目で俺を見つめた。俺に言葉を掛けながらも、この現状をどうにかしようと思考を巡らせているようだった。……金持ちの面倒臭い問題に首を突っ込みたくはないが、子供にばかり責任を負わせるなんざできる訳もなかった。大人としても情けないし、俺自身のルールが許さない。

「なあ、跡部」

「なんだ?」

「ここを自力で脱出するのは、悪手だと思うか?」

「……いきなりなんだ」

跡部は一瞬驚いたようだったが、俺の問いに冷静に答えた。

「そうだな、脱出するには、何人いるかも分からない敵の目を掻い潜る必要がある。万が一見付かれば、俺はともかく……お前は無事じゃ済まねぇだろうな。
そもそもこの拘束を解く必要があるが、この縄を外すのは俺達には無理だ」

「失敗してもお前はまあ殺される心配はない、と。決まりだな」

「は…?」

突然頬を緩めた俺に呆ける跡部の目の前で、力まかせに両腕を左右に引っ張る。思ったよりも弱い縄らしい。これならいけそうだ。跡部の顔がみるみるうちに驚愕の表情へと変化していく。力を込めて引くと、手首に縄が食い込んで中々切れない。しかし大体感触は掴んだ――離れるごとにブチブチと音を立てて縄が裂かれていく。思ったより難航したものの、最後には縄は切れていった。俺の左手首が完全に脇に移動すると、縄は床にぱらりと落ちた。
声も出ない跡部を尻目に、今度は足を拘束する縄をほどく。

「逃げるぞ、跡部」

座り直して、同じように跡部の拘束も解く。子供特有の細く健康的な手首に縄の跡が残っているのが痛々しい。

「おま、何で、これ切れるモンじゃ」

「少しばかり力が強くてな。……ホラ、立てよ」

「だが逆に危険じゃ」

「だーいじょうぶだって、銀さん強いからさ」

再度手を差し伸べると、恐る恐る跡部が手を伸ばした。ゆっくり引っ張ってやれば、ずっと寝かされていたからだろう、よろよろと立ち上がった。

「よし…………。……ん?」

行くぞ、と声を掛けようとして違和感に気付く。なんかおかしくね。……ああ、跡部の目線が意外と高かったからか――ん!?

「お前身長何センチ?」

「何だ突然。150センチだが」

「マジでか」

現在俺とほぼ目線の変わらない跡部が150センチらしい。跡部がサバを読んでるのか?いやいや、何で低い方に読むんだよ。そもそも俺が見た限りでこの身長は見た目通りだ。
よく考えたら、と自身の手のひらを眺める。先程縄を引きちぎったせいか、赤い跡が残っている。……指は細い割には刀を使っているから固くて、そう、この頃はまだ肌が白かったから、余計に赤が目立つ。

「猫化女体化の次はショタ化かよ」

「?」

意味が解っていない跡部を尻目にため息を吐く。通りで縄千切るのに少し手間取った訳だ。ここが暗かったから気付くのが遅れた――それにしても自身の体の変化に気付かないとは。
いつもより弱っちい体で人一人庇いながら、難易度のわからないダンジョン攻略って。跡部に大口叩いたが、ああ、早まったな。

内心冷や汗ダラダラだが、(俺のせいで)確実に内心不安でいっぱいであろう跡部の前でそんな姿を見せる訳にはいかない。

「よし、行くか」

心の準備を済ませたであろう跡部に声を掛け、緊張し頷く姿を確認して、扉の前に立つ。

――――気配はない。

跡部の手をしっかり握りしめ、扉に手を掛けた。

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