「銀さぁぁん!久しぶり!!」

「よぉ晴太。起きてたのか。ちゃんと母ちゃん孝行してたか?」

「もっちろん!」

目的の建物に着くや否や真っ先に飛び出して来た晴太を抱き止める銀時。その直ぐ後車椅子の日輪が顔を出し、心配した二人はその傍へと駆けていく。
まるで一つの家族の様だ。

つきんと痛んだ胸に何も思うことはなく、仕事が残っていると言いその場を立ち去った。





幾ら明かりが灯っていようと、気温は誤魔化せない。徐々に刺す様な冷気が肌を撫でた。
見回りを止める事無く身を縮める。そこかしこにいる百華の者達も凍え震えていた。

もう交代の時刻だ。人手の少ない夜中を主に見る事にしているが、流石の自分も休憩をしなくては身が持たないのだ。

近くにいた百華にその場を任せると、温かい息を吐き出した。

「ほお、少しは成長したな」

「――っ、銀時!」

いきなりの声に体を震わせ勢い良く振り向く。憎らしい笑みを形造るその顔は紛れも無く此処、吉原の救世主だった。
いつもは片腕を出しているが、今日は流石に着流しをぴっちりと着込んで、マフラーまでしている。
自分とは対照的に、凍えそうだがそれを楽しんでいる様にも見えた。

「い、依頼はどうしたのじゃ。日輪の頼みをすっぽかす様な真似をしてみなんし、ぬしの脳天に赤い花を咲かせてやりんす」

「うおぃ!!物騒だな!?」

あからさまに恐怖の表情を作りあげ、それでも月詠の隣に並んだ。

「……依頼は。
日輪に絞られてもわっちは知らんせん」

「大丈夫大丈夫ー」

銀時は月詠の手首をひっつかむと近くにあった茶屋まで半ば引っ張り込む様にして連れていった。

銀時と月詠の姿を見止めて女主人はにこりと微笑んだ。

「デートです?」

「そうそう、いいだろー」

さらりと肯定され抗議する月詠を無視して銀時が団子を二皿頼むと直ぐ様それが用意される。

期待した様な目を向けられ、月詠は諦めて銀時の隣へ座った。





この男は何がしたいのか。金が無い様であったから、日輪の依頼をすっぽかす事は無いだろう。だが、こんな所で油を売っている。

――自分、なんかと。

無言で団子を咀嚼する隣の男をちらりと盗み見た。
死んだ魚と称される瞳は、甘味を前にしているからか煌めいている気がしないでもない。単純な奴だ、と月詠は思った。

本人は銀と言っているが、白ともとれる彼の髪は夜の色街の光を吸いとって普段より光沢を増している。
僅かに伏せられた目に掛かる、髪と同じ色をした睫毛は思いの外長い。瞳を守る様に影を落としていた。
侍にしては小綺麗な指が団子の串を摘まみ、白い肌にくっきりと浮かぶ赤い唇へと運んでいった。

こんなにじろじろと眺める事も初めてだが、意外にも整った顔立ちをしている。

確かモテないと言っていたが。

そんな訳があるものか。
月詠は自分の団子に目線を落とした。

きっと――これは月詠の推測でしかないのだが、今までにも好かれた事位はある筈だ。
彼は、それを受け入れたのだろうか。
蜘蛛の糸に絡んでしまった自分を、過去を、救ってくれた腕で。

自分以外の女に――。

「食べねぇの」

いきなり聞こえた声に、大袈裟に肩を揺らしてしまった。
自分は、今、もしかして。

顔をあげれば鼻と鼻がくっつきそうな距離に顔があり、声を漏らしそうになった。
ああ、いつもの様に頭が働かない。

「欲しいなら……」

食べなんし、という台詞は柔らかく甘いものに飲み込まれた。


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