動揺しながらも取調室を出る。
世間は狭い。それとも万事屋だからかと、土方はぼんやり考えた。
「……あ」
「何だ?」
「そういやぁ、ここに来る事金時に連絡したんじゃった!」
そうじゃった、と自己完結する坂本に二人はハテナマークを浮かべた。
「きっと迎えに来てくれるき」
「あいつならほっときそうだが?」
普段のあの、不精を具現化したような男を思い浮かべる。
依頼でさえ面倒がる彼がわざわざ、しかも真選組に迎えに来るとは思わなかった。
しかし坂本は確信に満ちた声色で言った。
「金時のことじゃ、すっとんでくるろー」
ほら、と門の方を指差す。釣られて二人が首を動かした途端――
「辰馬ぁぁぁ!お前はホントにいいい!!」
凄い形相で、禍々しいオーラで走る男が現れた。あの奇抜な服装と他に中々見ない容姿は正しく、坂田銀時その人。
門番をしていた隊士は困ったようにこちらを見ている。
多分、よく対立するものの助けられる事も多々ある銀時を入れていいものか悩む内に強行突破されたのだろう。
土方は呆然と、沖田は面白そうにニヤリと笑う傍らで坂本は銀時に向かって手を振った。
「金時ぃ!ここじゃここ!」
「おま、ピンピンしてんじゃねーかァァァァ!!」
大声で叫び坂本の頭にドロップキックをかます。ぐはぁ、と屯所の廊下に坂本の頭がめり込んだ。
銀時の肩が息をする度に揺れる。普段は疲れを見せない(疲れる事自体しない)のに、相当走ってきたのか。
立ち止まって一息入れると、まだ疲労の浮かぶ表情のまま坂本を床から引っこ抜いた。
「お前……船が墜落して真選組連れてかれたって言われても何がなんだかわかんねぇよ。攘夷志士とでも思われたのかと思っちまったじゃねぇか」
「すまんのぉ。説明が足りんかった」
「……ん。つか金じゃねーし」
立ち上がった坂本が謝ると、銀時は漸く緊張を解いた。
あまりの勢いに気圧されていた土方はそこでやっと口を挟む事が出来た。
「おい、万事屋」
「あ?何ですか多串君。つかいたんだ?」
「土方だぶっ飛ばすぞ!ってそうじゃねー!」
忙しないのぉ!と坂本が笑う。
銀時が土方を急かした。
「なんだよ」
「いや、大した事じゃねぇんだが。こいつとどういう関係なのか気になってよ」
大企業の社長とプー太郎。接点がまるで見つからない。
銀時の顔の広さには目を見張るものがある。しかし相手はほぼ宇宙にいるのだ。その前からの付き合いなのだろうか。
銀時はほんの少しだけ顔を歪めさせると土方から目線を外した。
「なんでもいいだろ。人の交友関係調べてどうすんだよ」
「と、取り調べだ」
「それなら辰馬に訊いて下さいー」
な、と坂本を振り向く。若干高い位置にある坂本の目線に合わせる為に顔を上げると、銀時の表情は離れた所にいる土方達に丁度見えなくなった。
「そうじゃのー。あれは赤い夕日ば出ちょった時分」
「夕日なんて出てなかったけどな。つか何で真面目に……じゃねぇけど答えようとしてんだ」
「思い出話ぁーしたくなるもんじゃき」
ぽんぽんと、幼子をあやすように銀時の頭を撫でると、坂本は笑顔を濃くした。
「よし、甘味ば食いに行くぜよ!!」
おっしゃあぁぁ、と銀時の興奮した声がして、土方は慌てて引き留めた。
「ちょ、まだ待て――」
「取り調べは終わっとるんじゃろ?」
ぐ、と言葉を詰まらせる。
「何だ、終わってたのか。なら引き止めなくていいだろ」
銀時は言うと、門の方向へ歩き出す。
坂本は追いかけようとして、何か思い付いたように振り向いた。
「そうじゃ、多串君」
「だから多串じゃねぇ!!」
「金時に対して変な気ぃ起こすんじゃなかよ」
土方は一瞬呆け、次の瞬間意味に気付き瞳孔をカッと開いた。
「な――」
「さっきの答えじゃよ」
分かるろー?
言う坂本の口許こそ笑っているものの、瞳の奥は明らかに先程銀時へ向けていたそれと違う。
これまでの、人当たりの良い馬鹿というイメージが一瞬にして払拭される程の冷たさ。
それを不意打ちで受けた土方が根性で悲鳴を上げなかったのは賞賛されるべきである。
坂本は土方をそのままに、己を急かす銀時の元へ歩き出した。
「フラれた上に彼氏からの牽制ですかィ。ざまーみろ」
「うっせぇ!!つかなんでお前は何も言われなかったんだよ!」
今まで黙っていた沖田が漸く口を開いたかと思えばやはり出てくるのは土方を貶す言葉だった。
返された疑問に沖田は馬鹿にした顔を作った。
「そんなの、黙ってたからに決まってるでしょう」
牽制し合ってはいたのだ、しかし土方に言う気にはならなかった。
あんな面倒な相手。
「しっかし、お前もやるよなー」
甘味屋へ向かう道で、銀時がぽつりと溢す。
「テロリスト共に突っ込んだの。馬鹿だろ」
「おんしの話す真選組がどんなもんか気になってのー。ほんの出来心じゃ」
いつもの馬鹿笑いに銀時が呆れた顔を見せると、坂本は再び銀時の頭へ手を持っていった。
わしゃわしゃと頭を掻き回すその手が払われる事はなかった。
天パを気にする彼の頭をここまでぐじゃぐじゃにできるのも、彼の心の大部分を占拠できるのも自分だけがいい。
真選組には悪いけれど、攘夷志士達を手付金に諦めてもらおうか。