かぶき町恋愛雑録 | ナノ

最初の日

ただでさえ家の店の手伝いがある上に勉強もしなければならない。
それでも足が軽いのはきっと恋のお陰だろう。


それにしても、一週間の炊事を自ら提言して一日しか経っていないというのにこの焦燥感は何だろう。今日から万事屋での新婚……じゃない、花嫁修ぎょ……でもない、ええと、とにかく銀さんとラブラブになるべく気合いもばっちり入れてきたのに。
何か大事な事を忘れている気がするのだ。

まあ、忘れるって事はさして重要な事項では無いだろう。
それより、今最も気にかけるべき事柄は今晩の夕食の献立である。確か、銀さんと新八君に、後一人神楽ちゃんという女の子がいるらしい。昨日は会えなかったが、女の子なら多めに買った三人分の材料でお釣が来るだろう。

恋と同時に女友達もつくれるなんて、幸せ過ぎる!お菓子作りを一緒にできる友達が欲しかったのだ。
……断じて友達がいない訳ではない。

わくわくが二倍に増えて、足取りも更に軽く、ふわふわと月まで飛んでいけそうだ。

しかしまあ、こんな下心がありすぎて寧ろ下心以外の純粋な気持ちが無いとまで思える私を、神様は簡単に幸せにはしてくれなかったのである。








今からあれやこれや考えても仕方ないというのに悶々とし過ぎてほんのり紅に染まってしまった頬を宥めつつ万事屋のインターホンを押す。今更だが万事屋は鍵が掛かっていなくて常時開店しているようなものなのだが、空き巣とか大丈夫なのだろうか。

暫く屋内からがたがた音が聞こえたと思うと、やっとガラリと戸が開けられた。案の定開けたのは新八君で、何故か左頬が異様に腫れ上がっている。
私が驚いているのに気付いたんだろう、新八君は照れたように右頬をぽりぽり掻いて恥ずかしそうに笑った。


新八君に案内され着いたのは勿論万事屋の客間(で、いいんだろうか?)で、銀さんは社長椅子に深く座り込み腕を頭の後ろで組んでいる。
空を眺めていたらしいけど私に気付くとよぉ、と挨拶してくれた。

好きになったからかもしれないけど、本当にそれだけできゅんとする。
私は赤い顔を誤魔化す為に横へ向けた。

――と同時に声にならない悲鳴を上げた。

「真琴ぉ!?」

銀さんの焦った声が聞こえる。
しかし名前を呼ばれた事にさえ反応できなくなる光景が広がっていた。

チャイナ服を着た小柄な女の子が、心から楽しそうに犬と遊んでいたのだ。
それも相当でかい、上に二人位は乗れそうな。

私の視線で絶句している理由が分かったらしい、銀さんが彼女達に向け言った。

「神楽ぁ、定春家でそんな暴れさすな!今日は客も来てんだぞ!」

……神楽?このアグレッシブな子が、私の友達になる(予定の)神楽ちゃんだっていうのか!?
じゃああのでっかいのが飼ってる犬なのか!!

「ああ、お前が真琴アルカ。私は神楽、この白い子は定春ネ、よろしく」

「……あ、よろしくねっ」

動作を止めて私の方に振り向いた彼女はとても愛らしい顔立ちをしている。少なくとも私より確実に将来を約束された顔だ。
片言なのを除けば普通の女の子のようで安心した。
もっと話したいのは山々だが、私には万事屋の夕食をつくるという使命がある。名残惜しいがきりのいい所で話を終わらせ台所へ向かった。







唖然。

いや、よく食べるのは良いことだ。指摘されるべきなのは無理なダイエットだというのは私だって分かっている。

……でもこんなに食べるとは。


「真琴っおかわり!」

「はいはい」

夕食が始まり二分しか経っていないだろう、しかし、万事屋の面々は某大食いギャルも真っ青な驚異の食欲を私に見せつけていた。
今日の献立は、万事屋には野菜が多かった(というか野菜しかなかった)ため八宝菜もどきの野菜炒めと、私が買ってきた材料でつくったコロッケという有り合わせ過ぎるものである。主菜とか副菜とかガン無視だが目を瞑って欲しい。
三人分にしては多すぎる量つくったのに関わらず、早いこと早いこと。
常人の十分の一にも満たない時間内で完食し次々におかわりを連呼していた。

美味しく食べてくれるのは嬉しいのだが、これでは足りない事が判明した。

「真琴、おかわり!」

「はいっただいま!」

「真琴さん、おかわりありますか?」

「…あ、もう無いや」

「……そうですか」

唯一人並みのペースで箸を進めていた新八君のおかわりはなくなってしまったが、銀さんと神楽ちゃんが満足してくれれば目標は達成したようなものだったりする。
実は淡い期待を込めて私の分までつくったのだが、それが思わず役立った。

まあ神楽ちゃんはまだ食べたりなさそうだった、二人とも何でテレビ出ないんだろう。絶対世界を狙えると思う。


おかわりが無くなったという事は、食べるものが無くなったという意味で。
つまり万事屋での私の役割は終わったのだ。しかし私的にはまだここにいたかったから自ら食器洗いを申し出た。
新八君は遠慮していたがいいから、と半ば強引に流しに行くと手伝いをしてくれた。
良い子だなぁ、さっきまで存在忘れててごめんね。

暫く黙々と洗って拭いての作業を繰り返していると不意に新八君が口を開いた。

「…真琴さんって」

「うん?」

「銀さんが好きなんですか?」


……………………は?

あれ、何でこの子は知っているの?

「いや、真琴さん貴女だいぶ分かりやすかったですよ。あの人が気付いたかは分からないですが」

「嘘…」

誤魔化していたつもりだったが銀さんをずっとガン見したのがバレたらしい。
顔が熱くなるのを冷えた手の甲で鎮めながら誤魔化すように笑う。

新八君は微笑を返し私へ言った。

「銀さんって普段はただのプーなマダオですが…人助けせずにはいられない性分なんでしょうね。自分の守るものは死んでも守る、己の道は絶対に曲げない。
僕もそこに惹かれてここに来たんですよ」

でも女の人を助ける時はもっと考えてくれないと。

新八君が言うには、普段とのギャップが大きい上に元の見目も相成って、今までもだいぶ多くの女性の心を射止めたらしい。
しかし興味が無いのか鈍いのか、全く気付く気配のない張本人は未だにモテないと言い張っている。

改めて競争率の多さにびびる私の耳には、

「まぁ、男の人でも結局は同じなんですけど……」

新八君の呟きは幸か不幸か一切入ることはなかった。





「真琴!」

後片付けも全て済ませ帰り支度をしていると、神楽ちゃんが寄ってきた。
どうしたの、と訊くと思わず守ってあげたくなる可愛らしい笑顔をいっぱいに咲かせた。

「ご飯おいしかったネ!万事屋に嫁いでくるヨロシ」

なんとまあ。
冗談なのはわかるが、さっき新八君にバレていたた事が判明したため冷や汗をかきそうになるのをなんとか堪える。

「あ、あは。考えとくね」

私の返答を日本人特有の遠回しな断りと受け取ったのか神楽ちゃんは前に三点リーダーをたっぷり付けて、強制はしないアルと言いながら定春の元へ行った。

「あー。悪ぃな」

振り向くと銀さんはいつものやる気の無い目をしていて、瞳に映る私までだるそうに揺らいでいた。

「神楽も同年代の女友達が欲しい年頃なんだろうな。あいつ遊ぶとしても男とばっかだし」

仲良くしてやってくれや。
そう微笑む銀さんはやはり綺麗だった。

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