再会
俺には大切な人がいる。
それこそそいつの為ならばどんな苦渋も甘んじて受け入れるし、命さえ投げ出せる。
俺に残るたった一滴の幸せさえ、欲しいと言うなら差し上げよう。
それ程の想い。
たとえ叶う事の無くても、永遠に。
歩いていた。
青年は手元の紙を眺めながら、時々周りを見渡す。確かめるようにまた手元へ視線を落とし、安堵のため息を溢す。
その繰り返し。
どれ程歩き続けたか。万事屋銀ちゃん、と達筆で書かれた看板を見て青年は足を止めた。
何を想っているのか深呼吸を一つすると、チャイムを鳴らした。
少しして戸を開いたのは十五、六の少年だった。視力でも弱いのか眼鏡を掛けている。
青年の顔を見ると若干驚いたように目を丸くしたが、直ぐに笑顔で青年を中へ通した。
こちらです、と案内された部屋は思いの外広々していた。家具も中々充実している。
青年はぐるりと部屋を見回してからソファに近付いた。隣にいた少年が訝しげに眉を寄せたがそれを無視して、ソファの上に横たわるそれの髪を一撫でして耳元で囁いた。
「――銀、起きて」
青年の求めていた人物――銀時は額に皺を寄せてからゆっくりと瞼を持ち上げて――
――限界まで見開いた。
今現在、青年は銀時の営む万事屋のソファに座っている。
半ば強引に隣に座らされた銀時は居心地の悪そうに身動ぎした。
「銀時、逃げない」
青年に静かにそう言われて体を強張らせると再び深く座り直す。
それに満足したのか、青年は黙り込んだ。
しかし元来このような空気の苦手な銀時にはその沈黙が耐えられなかったらしい、台所にいるであろう少年に大声を投げ掛けた。
「し――新八ィィ!!茶だ!茶ァ持って来ぉぉい!!」
「!?はっはい只今ァァ!!」
眼鏡の少年――新八はいきなりの怒鳴り声にびくりと震えると、ありえない速度、所謂漫画クオリティの速度で茶を沸かした。
どうぞ、と置かれた茶に礼を言ってから青年は静かに湯飲みを傾ける。
日本庭園の幻覚でも見えてきそうな飲みっぷりに目眩を覚えながら銀時は改めて青年に向き合った。
「えっと……なんつーか、久しぶり、だな。晴臣」
青年――晴臣は茶を飲み干すと銀時を睨んだ。
「…俺はずっと銀時を探してた。何年も、あの時銀時が消えてから。
なのに銀時は、俺に何も言わずこんな所で暮らしてたのか!」
「…………ごめん」
珍しくしおらしくする銀時に晴臣は怒る気が失せる。反省してるならいい、と湯飲みを置いた。
「俺、銀時の言った通りもう天人も幕府も恨んでないよ。今では一応幕府の手助けをする立場だ」
「……そっか。ヅラみてーになってなくてよかったよ」
柔らかく笑う晴臣に漸くほっとすると銀時も笑い返した。
会話と雰囲気からは二人の関係はよく分からない。湯飲みを置いてから台所に逃げた新八はぎこちない空気から一気に和やかになるのを感じて銀時に歩み寄った。
「えっと……銀さん?知り合い、みたいですけど」
銀時はあぁ、と気の抜ける声を出すと言った。
「昔色々あってな。まあそれなりに長い付き合いだ」
それきり口を閉ざしてしまいそれ以上は訊きづらくなる。新八はそうですか、とおざなりに返事を返した。
当人同士で積もる話もあるだろうとその場から立ち去ろうとすると、晴臣に声をかけられたので振り向いた。綺麗な顔が台無しにならない人は新八にとって久しぶりである。例えばこの人の隣に座る人物とか。
「改めてはじめまして、新八君…だよね」
「あ、ハイ。はじめまして。」
「銀時の事、よろしく」
にっこりと笑う晴臣と、自分の視界の隅に映る銀時の両方を気にしながら戸惑いつつ返事をした。
晴臣は仕事の合間にここまで来たらしい、これ以上いると怒られるからと帰っていった。
今日は本当に顔を見に来ただけらしい。ただ少しは銀時と二人で話をする時間が取れた為、満足したようだった。
今度来るなら甘味を持ってこいよ、と文句を付ける銀時に、厭な顔一つせずにこりと笑顔を返す彼は懐が深い、と新八は人知れず感心した。
小さくなる背中を確認して新八は一気に脱力する。
「あの、銀さん。今日はもう訪問客来ないですよね」
「あー……依頼人も来ないな」
「買い出し付き合って下さいよ」
真琴、晴臣の立て続けの来訪によりだいぶ時間が過ぎてしまった。今晩の夕食の為にも特売品を何としてでも買わなければならない。
「そうだな。急いで神楽起こして来い。まだ寝てる筈だ」
「えぇっまだ寝てるんですか!?」
起こしてあげて下さいよ、と言いつつも起こしに行く新八に銀時は笑い掛けた。
「俺の事よろしくな〜」
そのセリフに新八は苦笑を返した。
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