かぶき町恋愛雑録 | ナノ

つながり

命の恩人である銀さんが、どこにいるのか私には全くもって分からない長谷川なる人物に会うべくやって来たのは、何故か公園だった。
否、ホームレスとは聞いていたけど。本当にこんな場所に住んでいるのか。

長谷川さんは公園の公衆電話の隣にどでかい段ボールを一つ無造作に置いている。どうやらその中で暮らしているらしい。
しかし幸薄そうなおっさんである。「まるでダメな男」というあだ名も納得できる。というか本当に幕府に勤めていたのだろうか。
顔をしかめる私に対し、銀さんは長谷川さんに気さくに話し掛けている。若干長谷川さんの表情が引き吊っているのはきっと見間違いだろう。

一通り挨拶が終わったのか、銀さんと長谷川さんが一緒に歩いてきた。

「いやぁ、まさか中沢に娘がいたとは驚いたよ。はじめまして、俺は長谷川泰三です」

知らなかったのか。

「……はじめまして、中沢真琴です」

「よろしく。……所で、その手に持ってる物の事なんだけどさ」

私の左手を凝視しながら餓えた禿鷹のような形相で目を充血させ手をわきわきさせる長谷川さん。
きっと彼は他人から与えられる物で生活を繋いでいるんだろう。地に叩きつけられて尚生きようとする姿は敬服に値するが、まあ、醜いものは醜い。やってること乞食だし、動きが無茶苦茶気色悪いし。

それにしても、親父がお惣菜を渡したのはそういう理由があってだったのか。つまり我が家も長谷川さん延命計画に助力しているのだ。今まで会った事も、聞いた事さえ無い人物に家計が削られていたなんて、なんというか、嫌だ。
昔欲しかったおもちゃを買って貰えなかったのも長谷川さんのせいじゃなかろうか。

考えると頭が沸々と沸いてきたが生憎私は慈悲深い訳で、そんなことはおくびに出さず笑顔でお惣菜を渡してやった。
歪みまくってても知るか。

お惣菜を受け取った長谷川さんは箸も使わず手掴みで食べ始めた。
がつがつ、と効果音が聞こえてきそうな食べっぷりを銀さんはやる気の無さそうな顔で眺めている。

あ、睫毛も銀だ。

「そんな飢えてたのかよ、長谷川さん。またパチンコ負けたのか?」

「うるせーよ、銀さんだってここんとこ負け続きだろどうせ」

「俺はいいんだよ、アンタと違って仕事してるから。つか早く職探せよ、他人任せじゃなくてよぉ」

「銀さんにだけは言われたくねーよ」

……何やら親しげだ。
銀さんに絶賛片想い中の私としては全くもって面白く無い状況である。
銀さんに相手にされなくなったのが悔しいだけで、長谷川さんは男なのだから、銀さんに私のような感情を抱くのは有り得ないと解ってはいるが。好きな人が動物にばかり構っているのが悔しいのと同じだ。
しかしやっぱり、長谷川さんと私とでは銀さんと出会って一緒に過ごした時間が違うのだと認識させられた。

銀さんの知り合いにはきっと女の人もいるんだろう。それこそ私よりも銀さんを知っていて、私みたいに一目惚れなんかじゃない、ゆっくり恋を育てていった人だって。
そんな人が現れた時、私はその気持ちに勝てるのだろうか。

…………まあいいか。









長谷川さんと銀さんの会話を聞いて分かった事がある。

銀さんは従業員である眼鏡の少年と大食いの女の子、凄く大きいペットとで万事屋を営んでいる事。
町中の人と顔見知りだという事。
実は銀さんがとてもやる気の無い人だ、という事。

中々に怪しい要素満載である。
まあ、だからといって私が銀さんを嫌いになる訳ではないけれど。多分。

私がじっと聴いているのに気付いた銀さんはあー、とくたびれた風船の空気が抜けるような声をだして頭を掻いた。誰でも自分の悪い所は知られたくないものだ。
でも、寧ろ欠点があった方がなんだか親近感が湧くではないか。

暫しの無言の後、銀さんは公園にある時計を見上げ呟いた。

「あ、やべ、今日俺料理当番だったよ……。悪ぃがもうけーるわ」

気が付くともう六時を回っていた。
成る程、銀さんは料理も出来るのか。となると、料理を教えつつ一緒に作って女の子アピールとかいう典型的パターンは使えない訳だ。
そもそもそんな機会来るのかも怪しいけれど。

私が本気で馬鹿な事を考えていると、不意に銀さんに話しかけられた。

「今回のは俺が言い出した事だ。別に依頼料なんざ取んねーから安心しな」

ぶっきらぼうな、しかしちょっぴり柔らかさを含んだ言葉である。優しくされているようで幸せだ。

しかし、幸せ噛みしめハイ終わり、なんて出来る訳がない。ここは私の誠実さをアピールするべきだ。
そう意気込んだ私は、帰ろうと踵を返した銀さんの背中に声を投げ掛けた。

「じゅ――――

住所教えて下さい!!」










――という訳で、私は銀さんの家であり仕事場である「万事屋銀ちゃん」なる店に来ていた。
玄関へ続く階段は一歩進む度にギシギシと軋むので正直怖い。
だが、これでやっと銀さんとの接点を持てるのだ。

引き戸の前に立ちインターホンを押すと、中からはいはい、と銀さんでない男の子の声が聞こえて、少し後にがらりと開いた。

「すみません、お待たせしてしまって。銀さんから話は聞いてますよ」

出てきたのは影の薄そうな眼鏡を掛けた少年だった。少年は人好きする笑みを浮かべながら私を家の奥へ促した。
それにしても、本当に地味だ。

さて、万事屋内には期待通り銀さんがいた訳なのだが、なんというか……。

無茶苦茶でかいパフェを食っている。

会社で言う社長机のようなものの前にあるテーブルに乗るそれは、ソファに座る銀さんの胸位の高さはあるんじゃなかろうか。
甘ったるい匂いを嗅ぎなれている私でも胸焼けしそうになる。

つか、あれ、銀さん!?
大丈夫なの!?

呆然としてしまった私に地味な少年は申し訳なさそうに言った。

「あー…、ホントすみません。あの人無類の甘味好きで糖尿予備軍の癖にあんなもの食べるんですよ」

い、いや、逆に共通点を見つけられてラッキーというか……。

「銀さん!例の方が来てますよ?」

今まで顔を上げようともしなかった銀さんが漸くゆっくりと頭を持ち上げた。

「あぁ、いらっしゃい」

口元に生クリームをつけて微笑む銀さんは今までで一番幸せそうだ。
可愛いなぁ、とも思ったが男の人に可愛いというのも考えものなので口に出すのは控えておいた。

私は自分の中で最上級だと思われる笑顔で挨拶すると、白い箱を手渡した。
洋菓子店である私の家で作った甘さ控え目のブラウニー。甘味の苦手な男の人に好まれるそれを持ってきたのは失敗だったかもしれないが、銀さんが過度の甘党だと知ったのはついさっきなのでこれは仕方無いだろう。

現に銀さんは嬉々としてブラウニーを貪っているし、これはこれでいいとしよう。

「うめぇぇぇ!!なんだこれ、パサパサしてない!しっとりしてる!固くない!」

……着眼点が微妙にずれてる。貴方は一体今までどんなブラウニーを食べてきたんですか。
というか、既にパフェが食べ尽くされているのが驚きだ。

「あんがとな、たかが道案内で」

口の中に詰め込んでいる所為で聞き取り辛いが、銀さんがお礼を言ってくれただけで今日という日を長距離移動に費やした意味がある。寧ろお釣りが返ってくる位だ。

それより。私にはまだやることが残っている。
勿論メインはお礼である。しかしながら更なる接点を持たねばこの恋は今日で幕を閉じる事になる。それだけは避けねばならない。

私は考えに考え抜いたセリフを口に出した。

「あの……銀さん」

「んぁ?」

「この間のお礼に、明日から一週間料理をつくりに来ます!」

経済的に自分家のお菓子以外の贈り物は無理だった。ならば体で払いましょう、という尤もらしい作戦だ。ありがちなんて言わないで欲しい。恥ずかしがらず言える限界がこの一文なのだ。

流石に夕飯だけだけど、これなら少なくとも一週間は毎日万事屋に来れるし、銀さん及び従業員の方とも仲良くなれる筈。そうなればいつかは遊びに来たという名目でここに来るのも可能になるだろう。
銀さんはブラウニーの方をお礼だと思っていたらしい、驚いて休む事の無かった手をぴたりと止めていた。

「え、まじで?」

「大マジです」

一つ頷いてみせると、銀さんはへー、ふーん、そんなことで、と何やら複雑そうな顔で再びブラウニーに手を伸ばした。

「本当にいいんですか?いくら助けられたからって別にそこまでしなくてもいいんですよ?」

眼鏡の少年も腑に落ちなさそうな顔をした。
私には命を救った事のどこがそんなことなのかの方が不思議でならない。

でも、例の如く顔には出さずにっこり笑って肯定してやった。





といった経緯で見事お近付き計画を成功させた私は有頂天になりながら躍るように万事屋を立ち去った。
勢い余り過ぎて小石に蹴躓いて派手に転んでしまったけれど。

痛みを堪えながら立ち上がると右方向からあ、と声の漏れる音が聞こえて、振り向くと銀さんとはまた違ったタイプの美青年が。

最近良く美形に会うな、銀さんもそうだし真選組の人達も一部モデルなんじゃないかって位だったし。性格はさておき。
瞬時にそれだけの無駄を考えながら条件反射で会釈をすると、青年もばつが悪そうに会釈を返した。

私が直接悪い訳では無いのに罪悪感に駈られていると青年は私から目線を外し私が来た方向――かぶき町へ歩いていった。
用事にしろ家があるにしろ、かぶき町では気を付けて下さい。罪滅ぼしに一応心の中で呟いておいた。

さて、私も帰るか。明日から私も危険がいっぱいのかぶき町に通う事になっている。気を引き締めなければいけない。この間みたいにならないように。

誰も見ていないのを確認してから両頬をパチンと叩いて気合いを入れて、私は帰路に着いた。

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