かぶき町恋愛雑録 | ナノ

出会い

最初に言っておきたいのは、私は町へ繰り出せばどこにでもいくらでも転がっているような平々凡々を絵に描いた様な人間である、という事だ。
誰かをひれ伏させる圧倒的な地位も力も頭脳もなく、顔が良い訳でも人格者な訳でもない。だからといって、最低な奴、社会のゴミ、と罵られるような人間でもない。
かぶき町というおおよそ現実離れした町の隣、至って平和で長閑な町で、若干価値観がずれてはいるが普通の両親と兄弟達と暮らしている。

本当に普通なのである。


だから私はこの先もずっと平凡な暮らしを続けるのだと思っていたし、私自身自分から非日常へ首を突っ込もうなんて考えもしなかった。


あの、銀色と会うまで。









ああ、今日はなんて嫌な日なんだろう。
私はスーパーの袋を片手に引っ提げ大袈裟に溜め息を吐いた。

中々忙しい父の代わりに父の古い友人である「長谷川さん」とやらに会いに行ってくれと頼まれた。長谷川さんは、元は幕府のお偉いさんだったらしいが現在クビとなり路上生活を強いられている三十路を過ぎた男らしい。
同情には値するが、会いに行けとはどういう事だ。完璧ホームレスの、顔も知らない人物をどう探せというのだ。
渡された何の変哲もないビニール製の袋に入ったお総菜を受け取りながらも内心げんなりしていた。

まぁ、しかし、そこまでは良いだろう。
「絶対見つかるから大丈夫」という説得力皆無の親父の声を背に家を出たのも、私にとってというか一般人にとっての魔境であるかぶき町に渋々だが足を踏み入れてしまったのも、私の日常の一部として組み込んでやろうではないか。

だが……これはない。

「ふははははっ!!真選組の奴等、人質の前に手も足も出ないだろう!!」

何故か全身黒タイツのショッカーっぽい人達に囲まれた、やはり痛い恰好のリーダーらしき人物が町の大通りで叫ぶ。

普通なら周囲に好奇の目で見られたり嘲笑を浴びせかけられてもおかしくない。しかし今現在、彼とその取り巻き以外一向に口を開こうとはしなかった。私を含め。

「萌える闘魂」なる組織。そんなふざけた名前の組織に私は人質として捕らえられていた。

本当、最悪。

先程リーダーが、私を掴みながら
「大使館を爆破しようとしたところを真選組に邪魔されあえなく逃走したが、うまい具合に人質を捕まえられて俺達は本当についている!!これで真選組とて手を出せまい!」
とご丁寧に説明口調で話してくれたお陰で事のいきさつは理解できたが、なんとまあ見事なとばっちりである。
しかも、名前の割に物騒な武器も持っていて内心泣き出したい気持ちでいっぱいだ。

更に私の姿が見えている筈の、真選組の栗色の髪の外見爽やかな隊士が容赦なく大砲を撃ってきて(その後ゴリラっぽい人に怒られていた)、もう何も信じられない。かぶき町なんか来なけりゃ良かった。

短い人生だったと半分諦めて、ゆっくりすぎる走馬灯を眺めているとーー彼は突然現れた。


一瞬何が起こったのか解らなかった。なにせ、いきなりショッカー紛いが全て倒れ込んだのだ。
私もリーダーも真選組も野次馬達も呆然とする中、やっと確認できたのはきらりと光る銀糸だけだった。

と、同時にリーダーが崩れ落ちる。その際突き飛ばされる形で倒れこみそうになった私を誰かが抱き止めた。
ふわり、漂う甘い匂いに安心感を覚え、惹かれるように見上げた。

「大丈夫か?涙目になってっぞ」

「っ!!」


どくんと心臓が高鳴って息が詰まるのを感じた。

銀の髪を無造作に跳ねさせた深紅の瞳を持つ青年が、私の顔を覗き込んでいる。それだけでも驚く要素満載だが、その青年が超絶美形だったお陰で、私は見事に彼の目の前で顔を真っ赤にさせてしまった。
幸いなことに青年は緊張の糸が切れて泣きそうになっているとでも思っているらしく、私を抱き締めながら頭を優しく撫でてくれた。

それが心地良くて、それでもやっぱり恥ずかしくてまた顔に熱が集まった。









「旦那、取り敢えずご協力感謝しまさァ」

銀髪の青年に笑顔でそう言ったのは、さっき私に向け大砲をぶっ放しやがった栗毛野郎――なんと真選組の一番隊隊長沖田総悟らしい、世も末である――だ。

人質になった経緯を話す、所謂事情聴取をされに生まれて初めて真選組屯所に来たのだが、なんと銀髪もとい銀さんも付いてきてくれた。
実際は私と同じくただ単に事情聴取を受けにきただけなのだが、まぁ、それはいいとしよう。

なんと銀さんは真選組との面識があるらしく、「旦那」と呼ばれ尊敬もされているらしい。これはお茶を持ってきた物凄く地味な人から教わった。
ただ、彼によれば銀さんは鬼の副長と犬猿の仲で、町で会えば喧嘩ばかりしているらしいのだ。私も事情聴取ではぐらかすような返答をして副長さんを切れさせる姿を見て、軽くショックを受けた。主に副長さんの剣幕に。

怯えた私を見てばつの悪そうに「ごめんな」と言いながら頭を撫でてくれたから気分はまた夏の空のように晴れ渡ったのだが。単純な私の馬鹿。

さて、副長さんが去り私の事情聴取に沖田総悟が来た所で話は戻る。
沖田総悟は、副長へのあの態度はなんだったんだと言いたい位銀さんに礼儀正しい。
有名なドSは銀さんには発揮されないようだった。流石銀さん。

沖田総悟は一頻り銀さんと会話した後私に向き直る。
表情が明らかに格下へ向けるそれだ。むかつく。せめてもの抵抗にと、奴が口を開く前に話し始めてやった。

「一応形式で名前から訊かねーといけないんですがねェ」

「……」

でしゃばってごめんなさい。



単なる人質だからか、本当に形式的な事しか聞かれなかった。どうしてあそこにいたのか、どこでどう捕まったのか。銀さんへの胸の高鳴りで忘れていたが、私ってすごく怖い思いしてる。
話し終えると、銀さんは驚いたようだった。

「長谷川さんって……あのマダオの?友達いたのかあの人」

「え?銀さん知ってるんですか?」

あのマダオと言われても検討もつかないが、私の話でピンときたならきっとホームレスである長谷川さんを知っているんだろう。思わず聞き返すと、何故か微妙な表情で見つめられた。
またも心臓が暴れだしたのは言うまでもない。

「あー……まぁ、一応な。連れてってやろうか?」

思わぬ提案。命の恩人で、しかもイケメンにそう言われて断れる馬鹿がいるのなら私はそいつへ侮蔑の視線を投げ掛けるだろう。

私の返事は言わずもがな。


悪の組織から助けてくれた人が凄くかっこよくて、しかも共通の知り合い(正確には私の父とのだが)がいて、更には案内の申し出。

これをフラグと言わず一体何というのだろう!



これが私の、人生初の一目惚れの始終だった。

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