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学校に到着すれば、一面白、白、白。平均より広めな校庭のお陰で広大な雪原とも見紛う美しい景色が視界いっぱいに広がった。サングラス越しなのはもったいなくて、少しだけずらして肉眼でその景色を楽しむ。
まだ誰にも踏まれていない、足跡一つない滑らかな表面は太陽の光を反射してキラキラと輝いている。足を踏み出すと、さく、と小さな音を立てて沈み込んだ。
「おお……」
「十代目!」
足踏みしながら感動しているところへ、聞き覚えのある声がツナを呼んだ。
「えっ、獄寺君!?」
「よ、ツナ、銀時」
煙草をくわえる獄寺の後ろに、山本や了平、ディーノまでが勢揃いしていた。
この場合、ディーノが若作りなのか他三人が大人びているのか。どちらにせよ中学生には見えず、端から見れば高校生集団だろう。
混乱するツナを余所に、いつもの冷静な声でリボーンが言った。
「今日はこいつらに呼ばれたんだ」
「え?」
ツナがきょとんとして男衆を見やる。
「オレ達もたまにはチビ達と遊んでやろーと思ってな」
「考えてみたら、10代目はチビ達の世話ばかりですからね」
「こんな日くらい手伝うぜ」
「水くさいぞ沢田!!」
「みんな……!」
ツナの顔がみるみるうちに喜色に染まる。常日頃から子守りをほぼ強制的にやらされているのだから、負担が軽減されるこの申し出は願ってもないことだろう。
しかし、次の獄寺の発言でツナの表情は再び固まった。
「やるなら俄然雪合戦スよね!」
その言葉に、血気盛んな男共は歓喜の雄叫びを上げる。
ツナには悪いが、正直俺は楽しみだ。
「でっけー雪玉作ってやる!」
「ああ、銀は見学だぞ」
今度は俺が固まる番だった。
「ママンが『銀ちゃんは今日体調悪いみたいだから、無理しないといいんだけど』って心配してたんだ。ママンを不安にさせる訳にはいかねーからな、銀は雪でも踏みながら待ってろ」
ツナと同様に、我が母親も変な所で鋭いようである。
無駄に上手い声真似を聞き流しながら、呆然と立ち竦む。酷い。酷すぎる。皆で楽しく雪合戦してる様子を一人寂しく見学してろっていうのか!
「俺もやるからな!!この通りピンピンしてるし」
「八度ピッタリだ」
「は?」
いつの間にやらリボーンは、体温計を持っていた。俺に見えるように掲げている。
「今計らせてもらったぞ。銀が言うには『八度越えてなきゃ平熱』だったな。八度以上は熱ってことだ、諦めて大人しくしてろ」
いつ計ったんだよ、という突っ込みは聞いても貰えず。
結局、人数の関係という名目で俺は見学することになった。
信じられない。最近体を壊すことがなかったからか虚弱体質であることをすっかり忘れて生活していたが、それでも普通よりは気を付けていたはずなのに。改めて自分が並以下の紙体力であることを自覚させられたようだった。
俺だって雪合戦したい。そもそも雪の降ることの少ない東京で、中学に上がる前までは基本引きこもり生活だった俺は、実をいうと雪を踏みしめるのが初めてなのだ。踏んだ時の音や手触りに興奮を覚えても仕方ないだろう。
雪の日に外に出たかった理由は、初めての雪に触れて、雪でしかできない遊びがしたかったからだ。幼稚な我が儘かもしれないが、少しだけ憧れていた。それをツナも分かっていたからこそ、熱があっても外出に目を瞑っていてくれたのに、これはあんまりだ。
「銀、熱上がってるじゃないか!大丈夫なの!?」
「おー……全然平気だよ、普通に遊び回れる位には」
「ダメだよ!悪化したらどうするの!」
「なんだ、銀時体調悪いのか?」
揉めているのに気付き、山本が俺の顔を覗き込む。
「確かに顔赤いかもなー、無理しないで休めよ?」
「ああ?銀時お前熱出したのかよ!性格に似合わず貧弱な奴だな」
「ほんと、体弱いよなあ。また倒れるとまずいし、今日は休んどけよ」
「何っ、沢田ぁ!気分が優れんのか!?そんな時こそ極限にッ」
「あああお兄さんは黙ってて!」
他の奴等までそんなことを言う(了平は若干ずれてるが)。
確かにディーノが来た時も倒れたし、小さい頃は熱を無視して遊んで悪化させたりもしていた。だが、明日は休みなのだし多少体調を崩しても支障はないではないか。
「明日休みだからって体調を気にしないのはどうかと思うよ」
ツナがサトリとしてのスキルを上昇させている気がする。
心底呆れたような口調で言われてしまえば流石にばつが悪い。せめてもの抗議に口元までマフラーを引き上げて、そっぽを向いてぶっきらぼうに了承の言葉を吐き出した。
準備して30分後に雪合戦開始、ということで、俺は大人しくリボーンの側にいることとなった。何故か甲冑を着ているこいつは用意周到に陣地を作っており、盛り上がった場所に立っている。隣の一段低い場所には御座が引いてあるため、遠慮なくそこに腰を下ろす。
俺への配慮というより、風邪を悪化させることによって俺の母親が心配しないようにだろう。リボーンが女に優しいのは周知である。普段は俺に対して容赦ない癖にこれだ。
「銀、薬だぞ、飲んでおけ」
準備が進む様子をじっと眺めていると、唐突にリボーンから投げ渡された。ペットボトルの熱いお茶と、無印の袋に入れられた特徴のない白い錠剤だ。
「ボンゴレ特製、風邪の特効薬だ。一時間以内に治ったら考えてやる」
「えっマジで!?」
まさかのお許しである。その条件ならば飲むしかないだろう、何せ俺も雪合戦がやりたいのだから。
急いで薬を口に放り込み、お茶で流す。固形物が喉を、発熱しながら通る感触。
……これ、大丈夫なのか。
リボーンに抗議しようと横に顔を向けたところで、薬が効いたのか、視界がぶれる。結局、俺は頭から薄っぺらい御座にダイブすることになった。
下が雪で本当に良かった。
周りの騒がしさが一層強くなって、流石のボンゴレ特製風邪薬の睡眠作用でも寝ていられなくなった。
目を細く開けてもぞもぞ動くと、何故か俺の回りだけ室内のようになっていた。毛布が二枚重ね掛けされて暖かいし、周囲はかまくらで守られている。かまくらって雪でできてるから寒いと思っていたが、意外と暖かいんだな。
このかまくらがある程度の音を遮断していたらしく、今まで安眠できていたようだ。しかしそれを上回る程の騒音が響く。
どんだけ楽しんでるんだ、俺を差し置いて。
毛布をどかして立ち上がる。随分と体が軽い。すごい効き目だ。
かまくらから出ると、一気に日の光が強くなった。
「実弾入り雪玉!!」
「……は?」
目の前をすごいスピードで何かが通過する。雪玉……いや、弾……?
「起きたか、銀」
「リボーン、これ、今何やってんの」
「まあ、三つ巴雪合戦だな」
「オイ、お前の目にはこれが雪合戦に見えるのか」
「雪(の中での実戦練習を兼ねた)合戦だ」
「馬鹿だろ、お前馬鹿だろ」
大体の事態は把握したが、最早ただの雪上合戦だろう。目の前を飛び交う爆弾やよく分からない物体に顔が引き吊る。
「そんなこんなでボンゴレ対キャバッローネ対毒牛中華飯になった訳だが……」
「銀、お前も参加するか?」
「!」
一時間以内に治ったら、って約束だったな、そういや。確かにもう怠さはないし、熱も下がっただろう。
律儀に約束を守るリボーンへ、にっこりと笑ってやった。
「パスしとくわ!」
「うわああああ!!」
ツナの叫びを尻目にかまくらの中に戻る。うん、皆健康なのは良い事だ。
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