日常編 | ナノ
1

恭弥の執務が終わるまで応接室でだらだらとする。いつもの事だ。
だが今日の恭弥は何やら険しい表情だった。

「どうした?」

「……最近、やけに並盛が騒がしいんだよ。風紀委員からの報告によると、欧米あたりの大きな組織が絡んでいるらしい」

「へぇ……」

あれ、身に覚えがありすぎる気がする。

日本のヤクザも最近でしゃばっているようだし、と恭弥は呟く。

「時間が掛かりそうだな……銀時、構ってあげられそうにないから先に帰っててよ」

「構ってあげられないってお前。まぁいいけど」

恭弥のずれた表現には慣れている。じゃあな、と手を振ると恭弥はいつものように返してくれた。










俺は状況を見てため息を吐いた。

「……で?何でランボが大泣きしてんの?」

いつもの事だけど。

ランボはぐぴゃぁ、という独特な泣き方でこれ以上無い泣きっぷりだ。獄寺は何があったか興奮気味でランボに攻撃を仕掛けようとし、山本がそれを後ろから羽交い締めで止めている。それをツナはおろおろと見ていた。

次にリボーンがほざいた内容に、俺はため息を更に深くさせた。

「ランボの保育係適性検査だぞ」

「…あのなぁ、検査するまでもなく獄寺は無理だろ、獄寺は。第一ツナはどうしたよ?適任じゃねぇか」

「どこが!?」

ツナが焦る。しかしこのメンバーには無理がある気がする。

恭弥の所から出て直ぐ、リボーンからの連絡が来たから校舎裏に来てみれば……この惨状。また変なこと考えやがってと恨むばかりだ。

「ちょうど次は山本の番だぞ。その後は銀、お前だ」

「……え、俺もやんの」

「オッケー」

俺の呟きはスルーされ山本がランボの元へ。
持っているものをランボに見せると、人懐っこい笑みを浮かべた。

「お前、キャッチボールやった事あっか?」

成る程、男なら誰もが一度は経験する(多分)遊びならランボも興味を持てるだろう。山本だって仮にもどころか野球部の一年レギュラーだからコントロールはお手のものだろうし。
手のサイズに合っていないグローブを嵌めさせてやると、山本は距離を取った。

「ほら、いくぞー」

にこやかなままボールを投げるフォームに移る。

瞬間、山本の雰囲気が一変した。

目付きは割れたガラスのように鋭く尖り、口元は凛々しく引き締まる。
振りかぶった腕は肉眼で捉えるのが難しい速さ。

教えられた通り構えの体制になったランボの顔面にボールがめり込み、衝撃でその体は漫画のように飛ばされた。

「わ、わりい!野球の動作に入るとつい加減ができなくてさ」

ぽてんと力無く落ちたランボに駆け寄る。山本がこんなに恐ろしい子だとは。

お陰で山本に対しなのかキャッチボールに対しなのか、恐怖を充分に植え付けられたランボの泣き声は止まらない。
山本の慰めも効果がなさそうだった。

このままランボが泣き止まなかったら俺やんなくてすむかな、と楽観的に考えていたのだが、その思考は少女の怒声に遮られた。


「何やってるんですかー!」

「ハル!何でここに?」

いつぞやリボーンにラブコールをしていた危なっかしい奴じゃないか。

ハルは大泣きするランボを抱き上げるとツナをキッと睨んだ。

「新体操部の交流試合に来たんです!やっとツナさんを見つけたと思ったらランボちゃんを泣かしてるなんて」

腕の中のランボを強く抱き締める。

「たとえツナさんでもランボちゃんをいじめたらハルが許しません!」

そういえば子供好きだとか言っていた気がする。

「あいつが一番保育係に向いてるな」

「言えてる」

「じゃあ奴が右腕……?」

獄寺のショックを受けたような声に、それはねーだろと呆れ気味に呟いた。どうして保育係が右腕に直結するのか、獄寺の思考回路は未だに分からない。

「げっ10年バズーカ!」

「え?」

ぼふん、間抜けな音と火薬の匂いが辺りを包む。煙の中心には、二つの人影があった。
10年バズーカ…ランボの秘密道具か。
現場を見ていなかったから詳しくは分からないが、詳しい内容なんて無いだろう。ランボが感情に任せ自分に撃っただけだ。

「やれやれ、何故いつも十年前に来ると痛いのだろう……」

さっきまでで痛いことなんてあったか?
大人になったランボは何故か股間を押さえ涙目になっていた。発情期か。

「はひー!!誰ですかー!?」

「そっか、ハルが大人ランボに会うのは初めてなんだ」

「そうだっけ」

覚えが無いが、ツナがそう言うのならそうなんだろう。ハルもビビってるっぽいし。

それを想定済みなのかランボがハルに向き直った。

「お久しぶりです、親愛なる若きハルさん」

「――キャァァアァ!エロ!変態!」

ハルが絶叫した。叫びながら、呆然とするランボの横っ面に強烈なビンタを入れる。

「胸のボタン閉めないと猥褻罪でつーほーしますよ!」

「こ、これはファッションで……」

「なんか全体的にエロいぃぃ!!」

ハルは混乱したまま。大人になってもハルを慕っている(のか?)ランボに盛大にショックを与えていた。

よほどそれが嬉しかったのか獄寺が水を得た魚のように快活にまくし立てる。

「ハル、わかるぞ!お前の言うことはもっともだ!
それになんだこの変てこな首輪は、おめーは鼻輪が似合ってるんだよアホ牛!」

がーん。そんな擬音を背景にランボは一頻り固まった後、獄寺の罵声を背にとぼとぼと歩き出した。何でランボは毎回あんな不憫な目に遭うのだろうか。十年後はそんなにウザくないが、やはりそういう星の下に生まれたのだろう。
不思議そうにその姿を眺めていた山本は、下に落ちているものに気付きランボを呼び止めた。

「お前、角落としてるぞ」

「あ……投げて下さい」

振り向き言うランボに、山本は構える。
ランボの間抜け面が山本の腕に注がれ、それと同時に山本の腕は大きく振りかぶられた。

――それはそれは強く。

「が、ま…うあぁぁぁ!!」

「ラ、ランボ!」

年齢的にはまだ十五歳だからな、殺人的パスなんかされたら泣いても仕方ない。多分俺でも泣くし。泣きたいなら泣けばいい。(ただし突き放す)

年下ながらそう心で呟いていると、忘れればいいのにリボーンが言い出しやがった。

「銀、お前の適性検査はまだ終わってねーぞ」

ちゃきっ。
銃を突き付けられノロノロとランボの方へ向かう。
近付けば近付くほど煩くなる、ウザい。

「あー、ランボ?
年齢的にはまだ十五歳だからな、殺人的パス食らえば泣いても仕方ない。俺でも泣く。うん、泣きたいなら泣けばいい。涙の数だけ強くなーれーるさー」

「銀時さん――!」

使い回しで更に段々ふざけてきた慰めだが、ランボがキラキラとした瞳で俺を見上げ……いや、見下げる。身長差が憎い。

「あ、ありがとうござ――」

煙がランボと俺を包んだ。

あぁ、そうなるよな。五分だもんな。

小憎たらしいガキが赤く腫れた目で俺を見上げていた。
次の瞬間にはニタア、と馬鹿にするように笑われる。

「銀時のまぬけ面〜」


とりあえず殴っておいた。




「やっぱツナが面倒見るしかねーな」

「お前最初からそのつもりだったろー!!」

「ツナよ、俺も影ながら見守ってやるからな」

「銀はまず泣いたランボをどうにかして!!」

なるべくしてなったと言うべきか。ボケキャラと不憫キャラは相性最悪だからな、不憫キャラにとって。
保育係、ツナに決定。

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