1
学校が休みの日、恭弥に呼ばれて家に行った。
並盛を牛耳るだけあって一般家庭のそれより幾分、いや、かなりでかい。つか豪邸。
最初に此処に来た時はそりゃぁびっくりした。
門をくぐれば何故かいるリーゼント風紀委員達。ずらりと並んで恭弥と俺に頭を下げていて、思わず叫んだ瞬間恭弥がリーゼント君達を問答無用で伸していた事ははっきり覚えている。
ぶっちゃけ理不尽だ。
まぁ、それからは俺が来る時は彼らによる出迎えがなくなり(じゃあ恭弥だけの時は居るのかと訊かれれば判断しかねるが)、庶民派である俺はそれでも躊躇う大きさの雲雀家に何とか入る事ができたのだった。
さて、話は戻って豪邸内にいる訳だが。
恭弥が俺を自宅に招くのは学校が完全に閉まっているという大前提がある時のみである。つまり、どこかの部が活動していたら恭弥は必ず学校へ行く訳で、逆を言えば今日はどの部も活動していない事になる。
即ちはテスト週間。
幸いにも比較的頭は良い(自称)俺だが、今まで学校をサボりまくっていたのと全く勉強してなかったのとでこの間受けた定期テストで初めて赤点を取ってしまった。しかも英語。だって小学校でやんなかったし。
まぁ、それは恭弥がもみ消したからよしとしよう。
しかし、恭弥的には「何僕の学校の価値を下げようとしてるの?」らしく。
今回のテストに関しては「仕方がないから僕が教えてあげるよ」らしく。
とどのつまりは勉強会である。
恭弥はまずレベルを知る為に簡易テストを俺にやらせて、その結果からやる事を決めるらしい。
自分の答案をあそこまで真剣に見られると流石に照れるな、と思っていると、恭弥が漸く顔を上げた。
「……ふぅん。国語と社会は出来るんだ」
「まぁ、一応得意科目だし」
恭弥は俺に採点を終えた紙を寄越した。
国語は余裕で満点が取れるし、社会もケアレスミスをした以外は(それが駄目なのだろうが)殆ど理解している。
文系だからなぁ。
「数学も、まぁ計算間違えたりはしてるけど理解できてはいるね。理科は……地学は暗記問題だよ、勉強してないでしょ。一般常識の問題は分かったみたいだけど」
恭弥はでも、と再び目線を下ろす。
「英語だけ、何でこんなに間違えるの?」
視線の先は、丸の一切見当たらない答案用紙である。
「あ……あいむ?あいむらいく?」
「違う。be動詞と一般動詞は一度に使わない。この場合、I like a dog. 私は犬が好きです、だよ。
――ああもう、raikって何?ただローマ字で書けば良い訳無いでしょ?
あと発音悪すぎ」
こんな初歩中の初歩も出来ない俺であるがもう中一の半ばである。
いや本当。
つか英語とかもう嫌だ。何だよもう俺日本人だし?日本から出る予定無いし?
「もう疲れた……」
弱音を吐くと、恭弥に呆れたような視線を向けられた。
「まだ教科書の最初のページレベルだけど?」
違う、最初は「アイアムミキ!」とかいう自己紹介だった、筈だ。
「知るか、俺の人生計画に英語を使う機会など無い!」
「僕にも無いけど、使えるなら便利だと思うよ。それに今の時代、小学校でもやってる筈だしね」
恭弥がなんかまともな事言った。珍しい。
「恭弥と話す分にはなんの問題もねぇし――」
「……So, I hate negligent living things.But――」
「あ、あれ?恭弥?」
「――Oh dear, though it permits because it is you.」
「恭弥さーん!?分からない!!理解できねーよぉぉ!!」
「……勉強、するよね?」
「…………はい」
かなり負けた感があるが、諦めて真面目に英語という未知の言語を勉強しようと思った。
頭の中で英語が踊っている。
当たり前だろう、何も知らない状況から今回のテスト範囲まで一気に頭に叩き込んだのだから。
つかI my me mine考えたの誰だよ。
whoとかwhichとか紛らわしいモン作ったのはどこのどいつだ。
いいじゃん、今時英語なんてエキサイト先生にちょちょいと翻訳してもらえるじゃん。
まじで死にそう……頭パーンってなりそう。
取り敢えずは恭弥に満足とはいかないまでも認めては貰えたらしく帰宅を許されたが、多分次に会った時一つでも忘れてたら咬み殺される。
だから俺は脳味噌から一滴でも記憶を溢さないように慎重に歩いていた。
なのに。
「うわああぁぁぁ!!」
奇声を上げながらこっちに突進してきた少年に咄嗟に反応出来ず、激突した。
ごはぁ、と叫びながら倒れた少年の上に被さるようにして倒れる。お陰で怪我しないで済……。
「ごっごごごごめんなさうはぁ不良!?」
俺を押し退け飛び起きた少年は土下座しそうな勢いで頭を下げ、俺を見てまた叫んだ。
いや、別に構わないさ。それ位。アルビノなんざ知らない奴もいる。
うん……だけどさ、どうすんだよ。
さっきの衝撃で失った代償が大きすぎる。このままだと死の危険にもなる。
「……おいおい。どうしてくれるんだよ。ぜってー殺されるよコレ?やばいよ?あいつは本当に殺ろうとしてくるんだぜ?」
「ひぃぃ!?ごごごごめんなさい!なな何でもやります!靴の裏も舐めますんで!!」
どうやらヤの付く職業と勘違いしたらしく、更に顔を青くさせ必死に謝っている。
今の俺には全く関係の無い話だった。
今は、誰の手でも――例えば今俺の前にいる年下だろう少年の手でも借りたかった。
引きつった声を出されながらも俺は少年の腕をガシッと掴むと言った。
「ユーキャンイングリッシュ!?」
prev /
next