日常編 | ナノ
1

「――ってぇ……」

野球の真っ最中。
明らかに取れないボールを無理矢理取ろうと飛び込んだら、肘を思いっきり擦り剥いてしまった。
急いで渾身の力を込めたボールを投げてからふらふらと立ち上がるも左足に力が入らない。試しに体重をかけてみると、ズキンと鈍い痛みが走った。

「銀時!大丈夫か?」

心配そうに駆け寄ってきた山本に頷いてからグローブを外す。

「ちょっくら保健室行ってくるわ」

「俺、付き添うぞ?その足じゃ……」

「いやいや、山本いなくなったら戦力不足だって」

現にほら、ツナは俺からのパスを受けきれずずっこけてやがる。ツナへ駆け寄ってる獄寺はやる気なさそうだし。
山本が戦力面でもメンタル面でも支柱となって
いる上、ツナの力量不足を山本が埋めているのだ。抜けるというのはチームとして痛い。
山本が抜け負けた場合の非難は確実にツナに行くだろうから、山本には抜けて欲しくない。

腑に落ちない表情の山本にひらひらと手を振ると足を引き摺りつつ歩いた。








中学の保健室なんて実はほぼ来たことがない。小学生の時はほら、病弱だったから良く通ってたが中学は学校自体行ってなかったからな。だから、保険医の顔も知らない。
保険医といえばえろくてせくすぃーな女医を思い浮かべるだろう、健全な中学男子としては。

甘かった。

「俺は男は診ねぇ主義なんだよ」

期待を抱えて開けた扉のその先はアブナイ大人の世界ではなくただの汚い大人だった、というかオッサンだった。
その衝撃に固まっている俺の顔を見るなり言ったのがこれ、男は見ない宣言だ。

「……………ざっけんじゃねーぞクソジジイが。テメー校医の義務ほっぽるつもりかコノヤロー、訴えんぞ」

「勝手にしろや。テメーみてぇな不良の言うことなんざ誰が聞いてくれんのかねぇ?」

「不良じゃねーよ見た目で決めつけんな。大体テメーキモいんだよ、男診ないってどんだけ女好きなんだよ、どうせ身体測定の時測るふりして女子に如何わしい事して悦んでんだろロリコン」

「ハッ!そんな事しなくても俺と仲良くした〜いって寄ってくるカワイ娘チャンは沢山いるっつぅの。ま、テメーには一生解らないだろうがな?」

無言で睨み合う。奴は断固として男は見ないと言い張るだろう、しかしここで引き下がるのもムカつく。
絶対診させてやる……!

取り敢えず変態校医に「待ってろ!」と告げてから可能な限りのスピードで廊下へ出た。
携帯を取り出しアドレス帳からある番号を選ぶ。数秒間のコールの後鼓膜を震わせたのは落ち着いた男の声。

「あのさ、至急保健室に――」














「これでどうだ!!」

「よーしわかった!診よう!!」

よし。勝った。


たった今変態を頷かせた俺が着ているのは女子制服。
髪はウィッグでツインテールにした(こんな髪質のが何で都合良く風紀にあるんだ)。
あいつに頼んだら部下が数分で持って来てくれたが、一体どんな魔法ですかポポポポーン。
これが俺の最終形態オカマパー子である。小学生の時ツナと共に女装した経験を存分生かして見た目はバッチリ女生徒だ。まだ二次成長始まったばかりの中学生だから許されるよな!大丈夫だよな!

俺の頭では女装しか思い付かず駄目元でやってみたのだが校医は思いの外食い付いてきた。
顔は確実に男だぞ、ノーメイクだし。
校医が目を見開いてからの動作は早かった。

「アルビノだからこそ可能な白髪赤目!白い肌!中学生男子とは思えない華奢な体躯!それでいて引き締まった細く長い手足!!
……っくぅ〜!!男なんざ止めちまえ!!」

「黙れ変態!!!」

俺の腰にへばりついてきた校医を殴る。華奢じゃねぇよ死ね。氏ねじゃなくて死ね。
見た目が女だったら誰でもいいのかこいつ、それでいいのかこいつ。なんて薄っぺらい信念なんだ。

しかし漸く治療して貰う事ができた。足を触る手つきがいやらしいがここは譲歩してやろうではないか。毛も筋肉も薄いのは自覚してらぁ。
俺の足に神経を集中させている校医を気にしつつウィッグを取り外した。上着とリボンも脱ぎ去り、ワイシャツ姿になる。
スカートさえ見なければこれでどこからどう見ても男子高生である。

「ほれ、治療完了〜っ。ついでだ、腕も見せ…」

「腕はいいや、すぐ治る」

「男じゃねーか!!」

いや、お前さっきから女装ってわかってて治療してたじゃねぇか。
俺が立ち上がり奴に向かってにやりと口角を上げれば絶望したかのように頭を抱える。

「現実を!見てしまった!」

悪かったな、だがこれが女装せざるを得なかった(そもそも俺が考えついたのだが)俺のせめてもの反抗だ。

あまり厳重に固定されていないにもかかわらず、立ち上がっても痛みを感じない。腕は確かなようだ。
体操着をベッドの上から取り上げると消沈している校医を置いて意気揚々と医務室を出ていった。








スカートだと廊下で着替えても問題無いのでその場で履き替える。全く問題無い。あれ、問題無くない。見られたら終わりじゃねえか。主に俺が社会的に。
何とか見られずに着替えを終え、このまま持っていると変態だと思われそうだと女子制服を手に応接室まで来た。

「入るぞー」

ガチャリと扉を開くと、椅子に座り何かの資料に目を通していた男が顔を上げた。

「なんだ、銀時か。制服返しにきたの?」

「ああ、助かったよ。サンキュー」

「まったく……女子の制服なんて何に使ったの」

渡しながら何に使ったのか説明すると呆れたのか溜め息を吐かれた。

「そういう時は僕の所に来なよ。治療位出来るから」

というかその校医……咬み殺す。
物騒な台詞にそこまでしなくていいんじゃ、と言うと今度は頭をパシンと叩かれた。

「兎に角。今度から怪我したら僕の所に来る事。わかった?」

「へーへー、分かりましたよ……恭弥」

じゃ、と手を挙げかけると恭弥に引き留められる。

「野球、楽しい?」

「あぁ、まぁな」


「………………そう」


再び手を振り、振り返してくれたのを確認してから俺は心配症疑惑のある風紀委員長の元を去った。

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