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「山本!」
グラウンドの人影はやはり山本だった。だらんと垂れた右腕を強く握り締めている。
近寄り声を掛けると、山本はゆっくりと顔を上げる。体育までの明るさはそこには無かった。
「銀時か」
力無く笑う山本の腕を強引に掴む。僅かに顔が歪むのを見て舌打ちをした。
「この腕。どうしたよ」
「……へへ、練習張り切りすぎちまった」
腕は真っ赤に腫れ上がり、どう考えても打ち身どころで済む怪我ではない。
俺は山本の反対の手を掴むと、校舎へ歩き出した。
保健室には誰もいなかったが、風紀委員に連絡を入れると直ぐに開けてもらうことができた。山本をベッドに放り、粗雑に棚を物色する。
直ぐに発見した救急箱を漁っていると、山本がぽつりと呟く。
「――なぁ」
必要なものを揃え、山本の腕を取る。腫れは酷くなっていた。
「スランプに、骨折。野球の神さんに見捨てられたんかな」
手当て開始。患部に触れると、山本が僅かに身動ぎした。
「野球がなくなったら、俺に何が残るんだろーな。今まで野球一筋に生きてきたから、考えられねーや」
包帯を巻いていく。
もう痛みは無いはずだ。
「……山本。それで落ち込んでんのか?」
「あぁ」
かなり。堪えるような声色にため息を返すと、立ち上がり山本に背を向けた。
「それじゃあ、山本。元から何もない俺はどうすればいいんだよ」
「……は」
「野球どころか、やる気も無いし勉強もしねぇ。体も強くなくて、生きるだけで無駄に金がかかる。俺はどうすればいいんだ。死ぬか?……それもいいかもなぁ」
顔だけ捻って振り向く。呆けた顔の山本が俺を見上げていた。
「どうせ死ぬなら一緒に死ぬか?」
その日はそのまま山本と別れた。
たかが腕の故障だが、あの野球バカには死ぬ程のことらしい。だがああ言っておけば、少なからず俺の真意が気になる筈だ。俺にもう一度尋ねる前に黙って自殺なんてしないだろう。……心理的には。
しかし、次の日、クラスメートが飛び込んできた。
「ツナ、行こう」
顔を真っ青にさせるツナを一瞥して、ツナを待たずに屋上へ急ぐ。
屋上には既に人が大勢いた。
少しだけ近寄っても山本に関心が向かっているため誰も気付かない、ただ山本だけが俺を見付けて辛そうに笑った。
「抜け駆けかコノヤロー」
思いの外大きい声が出て、野次馬も俺に気付く。
それを良いことにずんずん山本の元へ歩いていった。
「……ごめん、」
「一人で死にたきゃ死ねばいい、俺は止めねーよ。」
一緒に飛び降りても構わないがな。
そう言うと山本は何か言いたげな表情を浮かべた。もしかしたら言おうとしたのかもしれない、だが山本の口が開く事は無かった。
誰かが屋上へ来たのだ。
いつの間にかギャラリーは沈黙していて、そいつの間抜けな声がよく響いた。
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