snow fairy | ナノ
「あら!」

おれに続いて船に戻ったリンの姿を見るなり、出迎えたナースは大きな目を更に大きく見開いて、あっという間に調達したタオルをずぶ濡れたリンの頭に被せた。わしわしと髪を拭かれる間も、眠たげな目を俯かせてただされるがままのリンに、ナースは手を止めずに軽く腰を曲げて問い掛ける。

「どうしたのリン、こんなに濡れて。海に落ちたお間抜けエースを助けでもしたの?」
「しねーよアホ。おれが濡れてねェだろうが」
「ああ、色魔のエースに襲われそうになって咄嗟に海に飛び込んだのね。ナイス判断だわリン」
「だからしねーって! 誠実な青年つかまえて色魔扱いたぁどういうことだ!」
「あの、ちょっと、…汚れてしまったから、流そうと思って。海水で」

申し訳なさそうに頬を人差し指で掻きながら、リンはナースに申告した。あらそう、と些かつまらなそうにため息を吐くナースを横目で睨みつつ、リンが海に身投げした理由を知って、なるほどとひとり納得する。あんな血まみれの姿で船に戻ればみんな少なからず動揺する。もっとも、全て返り血だったようだが。

「ともかく、着替えましょう。このままじゃ風邪を引いちゃうわ。洗濯してたあなたの服、もう乾いてるから。次の島もそろそろ見えてくるそうよ」

リンは無言で頷いて、ナースに背を押されるまま船の奥へと消えた。ひとり残されたおれは、腕を組んでふうと長く息を吐き出す。微かな焦げ臭いにおいを吸い込みながら、先程の彼女の顔を思い出していた。


『化け物かもね』


傷付いているようではなかった。悲しい、というようにも見えなかった。氷の上で水を滴らせ微笑む彼女は、どこか諦めたようだった。その白い頬を濡らしていたのは、本当に海水だけだったのだろうか。

「何シケたツラしてんだい」
「っ…、あー、マルコ」

どさ、と背後から太い腕に肩を抱かれ、衝撃に軽く前屈みになる。ん?と首を傾げるマルコにちらりと視線を向けて、はあ、とまた深く息を吐く。

「…なあマルコ、お前はどう思う」
「人の顔見てため息吐くたァ随分なご挨拶だと思うぜ」
「違ぇ…リンだよ」
「リン? ああ、絶対零度ちゃんか」
「……(そんな風に呼ばれてんのかアイツ)」
「どう思う、か…まあ、あれほどの美人も稀だよな。もうちっと笑えば野郎共もほっとかねぇだろ。今以上に」
「…あいつの能力、見たか」
「能力? 能力者なのか?」
「物を凍らせるんだ、道具なしで。けど能力者ではねぇらしい。あいつがはっきり違うって宣言したんだ。それに、おれの目の前でいきなり海に飛び込みやがった。ピンピンしてたぜ。…てか離せ、重い」
「そりゃまた…面白ェ拾いモンしたねい、ウチの親父は」

感心したように二、三度頷くマルコの、いつまでも乗っけられていた腕をようやく払いのける。でかい図体でのしかかってきやがって、と首を回せばぱきぱき鳴った。

「能力者でも人間でもねぇ…じゃあなんだってんだ」

幾度目の自問自答。そこに答えはないのだけれど。その場に座り込んであぐらをかき、果てしない疑問に思惑を巡らせる。彼女に聞いても答えないだろう。それ以前に、あんな顔をする彼女に、問える訳がない。

「…予想ならつくな」

伏せた目をはっと開いて見上げると、マルコは積み上げた木箱に体重を預け、腕を組んで何かを考えているようだった。目をしばたくと、マルコはゆっくりと視線をおれに落とし、普段と変わらない調子で続ける。

「お前は海賊になって今まで何を見てきたんだよい? 巨人、小人、人魚に魚人。普通じゃねェ人間なんざいくらでもいただろうが」
「あ…ああ」
「俺は実際リンの力を見た訳じゃねェが、そういう奴がいるって噂なら聞いたことがある。恐らく、あいつは―――」








おれは走っていた。廊下におれの足音がばたばたと騒がしく響いていた。すれ違う奴らの珍しいものを見るような視線がおれの背中に向けられていることすら気にも止めず、おれはただ走った。マルコの言葉が耳に張り付いて離れない。どくどくと高揚感に心臓が鳴っていた。
走る。走る。立ち止まる。目の前に現れたのは彼女の部屋の扉だった。この先に、あいつ以外に誰も居ませんようにと願いながら、ノックもそこそこに、おれはドアノブに手をかけた。


20100730
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