snow fairy | ナノ
太陽の光に重なるリンのシルエットを目を細めて見上げた。またそんな高いところから飛び降りて。凍った水面に着地したときに足を痛めたりしないだろうか、いくら海に落ちないからといったっ―――

ドボンッ!!

……て?

激しく揺れる水面にぶくぶくと泡沫。突然の事態を目の当たりに一瞬声もでない。

「……は、ッ!? ちょっ、な…! リン!?」

目の前にあったのは今度こそ水しぶきだった。塩辛い海水のシャワーを浴びながらおれは自分の激しい鼓動を聞いた。てっきり先程のように、優雅に海面に降り立つとばかり思っていたのに、あいつは一体何を考えてんだ!? 能力者がどう足掻いたって海の深さには敵わないってのを知らない訳ではないだろう。それはすなわち命を投げるのと同義。数メートル離れた海の青の中に、彼女の長い黒髪がゆらゆらするのが見えていた。血の気が失せる、やべェ、このままじゃ、と思う。けれどおれは彼女を助けられないのだ。サッチでもビスタでも誰でもいい。おれは船を振り返って深く息を吸った。

「誰か泳げる奴ッ、こっちに…」
「うるさい」

ざぶん。おれの足元、ストライカーに手のひらを乗せ、水面から頭を出した少女を一瞬本気で人魚だと思った。けれど、頬に張り付いた自身の髪を気怠げに掻き上げる彼女は、紛れも無くおれの知る彼女なのである。

「……な」

おれはただただ呆気に取られた。海に落ちた経験は幾度かある。全身が石か鉛かになったような感覚。足に繋がれた見えない枷に抗う術もなく堕ちていく恐怖。その時誰かに引き上げてもらっていなければ、自分は確実に今ここに存在していない。そして能力者であれば、例外など決してない。

「…お前、何で、…泳げるんだ?」

見上げたリンの無表情からは心情を読み取れない。呆れたような声が返ってくる。

「そりゃ泳げますよ、海賊なんだから」
「おれは海賊だけど泳げねェよ」
「悪魔の実を食べておいて泳げる訳がありませんね」
「お前は、…能力者じゃねェっての?」
「ええ。違います」

ケロリとしてリンはそう答えた。状況処理が間に合わない。今まで彼女が素手で様々な物を氷結させる場面を、この短期間でいくつも見てきた。先程の戦闘なんてただの人間に出来る技ではとてもない。けれど彼女は嘘をついていない。今だって胸元まで海水に浸かっているのに、狼狽している様子もない。それこそが何より悪魔の実を食べていない証拠だ。
リンはストライカーから手を離すと、たちまちのうちに海面を凍らせて、そこに何食わぬ顔でよじ登る。おれは目を細めて彼女の足元を指差した。

「…生身の人間は、そうやって物を凍らせたり出来ないだろ」

振り返る彼女は睨むようにおれを見て、ふと肩を竦める。ワンピースからぽたぽたと水滴が落ちている。彫刻のような美しさだ。非人間的だとは、思っていたけれど。

「能力者ではないと言いましたけど、普通の人間だとも、言ってませんよ」

どくりと心臓が跳ねたのは、彼女への脅威故だったろうか。彼女は何が言いたいのだろう。人間でも能力者でもない。だったら、

「…何者なんだ、お前」
「…さぁ、何者なんでしょう」


お前は一体、誰だよ、リン。


黒い瞳が悲しみに歪んだのを初めて見る。その日唯一の彼女の表情は、それはそれは美しく痛々しい、自虐的な微笑だった。

「化け物かもね」


20100724
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