snow fairy | ナノ
―――アナタ ハ キライ 。


「…だってよ、オヤジ。どういうわけか嫌われちまったらしい」

まだ湿っぽいハットの鍔を幾度となくなぞりながら、おれはため息混じりにそうオヤジに告白した。深刻な息子の悩み相談だってのに、オヤジは大きな肩を揺らして笑い飛ばす。

「思った通りだ! お前とアイツの相性は最悪だろう」
「なあオヤジ、リンって能力者なのか?」
「素性は知らねェ、たまたま見付けたとこを拾った女だからなァ。知りたきゃ自分で聞け」
「拒絶されたばっかなのにか…」

はあ、と深い息を吐いて頬杖をついた。相性悪いって解っといて何でリンの指導役がおれだよ、なんて当然の疑問だが、理由なんかどうせ「なんとなく」だろう。聞くだけ無駄だ。

「オヤっさん! 9時の方向に敵船です!!」

バタバタと忙しない足音と共に、芳しくない報告を若い船員が持ってきた。あーあー、敵船くらいでそんな騒いで、青いねェ。なんておれは内心呟きながら、軽く首を傾げてオヤジの反応を伺う。息を切らす男と対照的に、オヤジは表情変えず身じろぎすらしない。

「何隻だ?」
「あ…い、一隻ですが、かなり大きくて…恐らくウチと同じくらいかと」
「なら、新入りに行かせてみるか」
「新入りってのはリンか?」

思わず口を挟んだが、聞かなくても解りきっていた。オヤジは心底愉快そうに、たっぷりとした髭の下の口に笑みを浮かべる。

「エース、お前もついて行けばいい。リンの力が知りたいんだろう」
「……ああ。自分がまとめる部隊員の力量くらいは把握しとかねェとな」

よいせ、と。おれはハットを深く被って、拍子抜けしたような顔をした青年の肩にすれ違い様ポンと手を置くと、オヤジの部屋を後にした。












リンは数十分前とまったく同じ体勢でそこにいた。椅子に腰掛け、綺麗に手を合わせて、ただひとつ異なっていたのは、その視線が遠くに浮かぶデカい船に向いてるって事くらいだ。おれはズボンのポケットに手を突っ込んで、そんな必要もなかったが、気配を消して彼女に歩み寄ったけれど、きっと気付かれていただろう。遠方の船は聞くところによると、いくつか大砲を撃ってきたらしい。敵意ありって訳だ。

「迎撃だぜ、リン」
「…行ってらっしゃい」
「おれじゃねェ、お前だ。オヤジのご指名で」

振り向きもせず言ったリンは、怪訝そうな顔でようやくおれを見た。その深い瞳の色に意味もなくどぎまぎする。動揺をおれは素面で隠した。

「…私が?」
「初仕事だ。おれはついていくだけだよ。お前の戦闘に興味がある。構わないだろ?」

じっと見詰められて胸がきりきりとした。ほんの少し前に面と向かって嫌いだと言われた手前、彼女の真っ直ぐな視線はまるで鋭利な刃物のようだ。
ドォン、と再び発砲され、水しぶきが近くで派手に上がると、やれやれと言いたげにリンは目を伏せて軽く肩を竦め、冷ややかな瞳でおれを見上げる。

「手出しをなさらないなら、どうぞご自由に」
「…ああ」

かたり。立ち上がる彼女に身震いするように、小さな椅子が音を立てた。


20100717
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