snow fairy | ナノ
「まァたむくれてんのかい」

マルコが含み笑いを浮かべておれの右隣りに陣取ってきた。溜息混じりに生返事をしながら、頬杖をついたまま新入りの観察を続ける。
相変わらずの熱心な視線を集めつつ、どこから引っ張って来たのか一人掛けの椅子に腰掛け、リンはぼんやりとただ海を眺めていた。綺麗に足を揃えている。履いている靴も白かった。彼女が纏う桃色のワンピースは、恐らく一人のナースの私物なのだろうと思った。

リンが乗船してからいくらか日が経ったにも関わらず、彼女と未だ打ち解けられないおれがいた。努力はしているが彼女はそれを良く思っていないのは明らかで、ここ数日で解ったことは、おれは完全にリンに距離を置きたがられているということだ。
口を開かない彼女は理由も言わない。他のクルーとも馴れ合わない訳だから、自分だけがあからさまに避けられているということではないにしても、こうも友愛を拒絶されると面白くないのだった。

「…勿体ねェよなァ、美人なのに。何がそんなに気に食わねェんだか」

溜息と共に呟いた言葉に、マルコは小さく肩を竦める。

「初日にやらしい目で見てたんじゃねェのかよい」
「はぁ!? おいマルコそりゃねェぜ、おれはそんな気ちっとも…」
「まああれだ、少なくとも若ェのは皆あのお嬢ちゃんに骨抜きらしい」
「………」

気付いていない訳でもないだろう、と彼女を横目で見た。リンを見詰める船員の瞳はまるで夢をみているかのような虚さで、魔法にでもかかったのかと思うほどだ。おれは知らずムスッと眉間のシワを深くし、ガタン、と立ち上がると、ずかずかリンに近付いていった。

「…なあ、リン」

声をかけて数秒後、リンはゆっくりとおれに顔を向けた。深い闇色の瞳に吸い込まれそうになる。おれはいくつか瞬きをして、怪訝な顔をする彼女に問う。

「お前、この船が嫌いか?」

今度はリンがぱちぱちと睫毛を上下させた。おれの質問に驚いたらしい。少しバツが悪くなって、おれは自らのうなじを右手で押さえ、あー、と声を洩らした。

「いや、お前、全然打ち解けようとしねェからさ。少なくともおれらはお前と仲良くしてェと思うし、そういうのが苦手なのかも解んねーけどよ、」
「いいえ。好きです」

遮るように。その声は小さかったのに、一言一句はっきりと聞き取れた。あまりに意外な答えにおれは目を丸くし、密かに聞き耳をたてていた周囲にも衝撃が走ったようだ。

「…好きなのか?」
「好きです。たくさん親切にして下さって、女の私を蔑んだりしないし、皆さんとても優しい。海賊とは思えないくらい」

そう言う彼女は相変わらずの無表情。言葉とそれが些かちぐはぐで、俺は未だ戸惑っていたが、彼女が船に好意を持っているという解釈が間違っていないことを脳内確認して、薄く安堵の笑みを浮かべる。

「そ、か。いや、ならいいんだ…」

リンはじっとおれを見詰めていた。逸らす理由もなかったので、おれもそれを見詰め返す。ほんとにキレーな顔してんなぁ。黒い瞳には底がなくて、なかなか目が離せない。
ゆっくりと瞬きしたのと同時に、ずっと膝に置かれていた彼女の右手が持ち上がった。目を丸くするおれの顔に向かって、す、と手が伸びてくる。妙な動悸を覚える。おいおい、何だ? 急展開? するり、と彼女の小さな手の平がおれの頬を撫でた瞬間に、ざわ、忽ち背中が粟立った。

……冷たい。

「ですけど、私」

動けないおれに構わず、リンは冷え切ったポーカーフェース。つつ、とおれの顔の輪郭を辿る人差し指が、テンガロンハットまでたどり着く。そこで突然冷たく引き攣るような音がすぐ近く……いや、それどころか耳元で聞こえたものだから、おれはぎくりとして反射的にハットを取り上げた。
鍔が、凍っていた。

「なッ…お前、能力者、」

おれとリンの間で揺れる白い指先からは、きらきらと霜が滴って、大変美しかった。

「あなたは嫌い」

20100716
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -