snow fairy | ナノ
「…誰も信じられなかった」

月や海までが少女の話に耳を傾けるように、辺りはしんと静かだった。一通り話し終えた彼女の濡れた頬が、白い月光をつやつやと弾いていた。

「家が燃えていく光景が頭から離れないの。炎を使うあなたが怖かったから必死に避けたのに、全然…懲りないし」

おれは今までに彼女から受けた冷たい仕打ちを思い出していた。初めて彼女の戦闘を見たとき、わざわざ海に飛び込んで自らを「化け物」と呼んだのも、おれを遠ざけようというひとつの策だったのだろうか。掠れた声が一瞬途切れ、戸惑ったようにリンが唇を震わせる。

「この船の人だってそうです。私が雪女って解っても蔑まないし。へらへら笑って怖がりもしないし。どんなに冷たくあたっても優しくしてくれた。こんなことなかったんだもの、私、今までこんな…」
「…そりゃあ、そうだろ」

ずっと黙って話を聞いていたおれが口を開くと、リンはびくりとして顔を上げた。涙の零れる大きな瞳を覗き込む。

「新人のお前を可愛がりたいならともかく、怖がるなんてナンセンスだ。白ひげは親父を中心にみんな家族だからな」
「…かぞ…く」
「もっとも、この船にまともな奴なんて元々乗ってねェよっ」

からからと笑って言いながら涙を拭ってやると、呆然とした顔をしていたリンが唇を噛んですっと俯き顔を伏せた。小さく震え出したその肩を撫で、やがて嗚咽を抑え切れなくなった彼女を引き寄せ、おれはその頭をいつまでも撫で続けた。

「ごめ…ごめんなさい…あたし、嘘をついて…」
「嘘?」
「エースたいちょう、に、好きかって…この船が好きか、って、聞かれたとき、」
「好きだって答えたな。…嘘だったのか?」
「追い出されるかと思って…次の港についたら、逃げようと思ってて…海に放り出されたら、もうひとりで航海出来る気力も、なかったから」
「…もう数日もすれば、島が見えるぜ」
「…わたしっ…!」

リンの手が、力強くおれの腕を握る。

「この船にいたい…っ」

絞り出すように哀願する彼女。もう一度人を信じようとしているリン。おれは大切に彼女を抱きしめた。よく出来ましたと慰めるように。大丈夫。大丈夫。

「大丈夫だから。リン、…おれは、」

おれは絶対に、裏切らないから。

20101211
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