「なん…だこれ」 どくんと大きく脈動。立ちつくすおれと止まらない空間時間。それは島だった。おれらが目的地として目指していた島が、もうすぐそこに見えていた。緑豊かな栄えた街―――だった、それ。 「…ボヤか、或いは…海賊にやられたんだろう」 真っ赤な炎に包まれた島が、青い水平線に眩しく浮かんでいた。 信じられない光景だった。決して小さくはない島が丸々ひとつ、業火に焼かれて朽ちていく様を、ただ見ていることしか出来なかった。久々の上陸に胸を膨らませていた者たちは落胆の色を含んだため息を吐く。 人気がなかった。港にどころか島周辺に船が一隻も見えないということは、住民たちは避難して島を出た後なのだろう。焦げ付くにおいが煙に混ざって辺りに立ち込めていた。炭になって崩れた建物があちらこちらに見える。もしかしたら、もう何日も前からこの状態なのかもしれない。 「…ひでぇな、こりゃあ」 発火直後だったらおれの力で何とか出来た。けれどこんな状態じゃ、今更何をやったところで無駄だろう。絶句していた皆々は次第に慌ただしい騒がしさを取り戻し、残りの食料の確認や、ログのチェックなんかに追われた。 「リン」 船縁にすくんだように直立し、炎上する島を見詰め続けている彼女を振り返って声をかけた。返事もなければ反応もなかったが、今に始まったことではなかったので構わず続ける。 「幸いログは1時間かそこらで溜まるらしい。次の島もそう遠くねぇから、このまま待ってログ溜めたらすぐ出るってよ」 「………」 「…おいリン、聞こえたか? …リン?」 呼び掛けても尚、返答がなかった。頷きもしなければ了解の一言もない。ただ微動だにせずに、島を、見ている。さすがに訝しんでおれは彼女の背中に歩み寄った。 「リン、どうかし…」 「―――ッ」 酷くびくついて、ばっと勢いよくリンは振り返る。微動だにせずに、を、訂正したい。とんと手を乗せた肩から全身に至るまで、リンの体はかたかたと小刻みに震えていた。 「…リン…?」 彼女の唇からは色が消えていた。辺りは炎の熱気で蒸し暑いというのに、リンは寒さに震えるように歯をかちかちと鳴らし、額には玉の汗が浮かんでいる。彼女の様子がおかしいことなんて、明らかだった。 「…リン! どうした、具合悪いか?」 酷い胸騒ぎがした。両肩を掴んでリンの青白い顔を覗き込むけれど、か細い呼吸をしきりに繰り返すリンには、おれの声なんてまるで聞こえていないようだった。 ―――ドォン…ッ 「…ぁ…っ」 島の方向から爆発音がした。恐らく残っていた火薬に引火でもしたんだろう。大した爆発ではなかったが、それを合図にするように、リンはおれの手を驚くほど物凄い力で振りほどいて船の中へと駆け出した。 「っ、とと」 ろくに前も見ずに走るリンを、何やらでかい袋を抱えたマルコは驚きながらも危うく避けた。叩きつけるようにドアを開けて、そのまま廊下の奥へ消えて行く彼女の後ろ姿を見送ったマルコは、リンを追い掛けるおれの肩を片手で掴んで止めた。 「どうしたんだよい、絶対零度ちゃん」 「…そろそろやめろよその呼び方」 「珍しいな、あんな取り乱して。とうとう手ェ出して逃げられたか?」 「っだああどいつもこいつも! 違ぇって、島をぼーっと眺めてたかと思ったらいきなり血相変えて…おれも何が何だか」 「追うのかよい?」 「ほっとけねェだろ!」 「…ふ」 すべてを見透かしたようなその笑い方が癪だったが、今はいちいちそれを問い詰めることさえ煩わしい。きっとまっすぐ自分の部屋に戻ったのだろうと、マルコの横をすり抜け、おれは落ち着かない足音を追いかけて廊下を疾走した。船の中にまで煙が薄く入り込んできていることに今更気付く。部屋を出てくるときに、彼女が咳き込んでいたのを思い出した。 開け放たれたままの扉が、ぶれるおれの両目に映った。キイキイと小さく鳴きながら頼りなく左右に揺れるそれは、まるで彼女の背中のようだった。 20100815 |