昔は船やら汽車を使って任務先へと向かっていたのに、今は方舟を駆使すれば現地までものの数秒。まったく便利な世の中になったものだ。日本に何とかの調査に行くとかで、アレン君が方舟に乗ったのを見届けて今日で2週間。…ちょっと長いんじゃないの?すぐ戻るって言ったくせに…。 「…アレーンウォーカー、帰ってこーい帰ってこおおーい」 方舟に向けて魔女が呪文を掛けるように念じてみる。女の子にこんな寂しい思いさせるなんて紳士失格だぞ!なんて叫んでもみる。しかし一向に姿を見せる気配のないアレン君にとうとう私は業を煮やして、いっそのこと私も日本に…と方舟に一歩足を踏み出したとき。ヴン、と音を立てて辺りが微かに揺れ、方舟のゲートが光を帯びる。さらりとそこから現れた白い髪に、私は思わず「アレン君!」と声を高めた…のだが。 「…あれ?どこでしょう、ここ」 そこから姿を現したのはしかし、私が期待した人物でないばかりか、私が知る者でもなかった。すらりと背の高い、若い細身の男の人。アレン君のような白い髪は長く背中の半ばまであり、アレン君と酷似した左頬の傷、アレン君によく似た声、しかし私の知るよりは幾分低いそれは疑問を発し、アレン君と同じ銀灰色の瞳は辺りをきょろきょろ見回した末にはたと私を捉え―――… 取り敢えずそのめちゃくちゃアレン君に似ている綺麗な男性と私はうっかり目が合ってしまったという訳で。うわわ、どうしようと背中に寒いものを感じた私とは正反対に、その人は納得したようにぽんと手を叩いていた。 「…ああ。そういうこと」 どういうことですかおにーさん!? 「…ということはあなたは…えと、5年後のアレン君…てことですか…?」 「ええ」 まじか。今聞いたことを信じられない気持ちでそっくり確認したら、大人アレン君と自称する彼はにっこりと頷いた。確かに風貌もアレン君の面影を残しているし、白い髪やら声やら共通点が多すぎる。アレン君と同一人物と考えるのが妥当だろう。 「方舟って空間移動する特殊なものじゃないですか。だからきっとどこか異常があって、時空間も捻れてしまったんでしょうね」 「えっ…じゃあ今のアレン君は!?」 「大丈夫、きっと今頃5年後です。…そんな顔しなくても僕が何とかしますよ、一応奏者ですからね。昔の僕よりは方舟に詳しいから」 どうやらこのアレン君は20歳らしい。なんてことだ、5年の月日は彼をこんなにも美しくしてしまうのか。 「…髪、伸ばした…んですね…」 「え?…ああ。あなたたっての希望なものですから」 「は?私!?」 いきなり突き付けられた事実に、私は唖然と目を見開く。相変わらずにこにこと笑みを消さないままの表情で、アレンは夢見るように語り出す。 「丁度髪が伸びて、切ろうかなってちらっと溢したとき…そうですね、3年くらい前かな。あなたが長い方が好きって言うから」 「は、はあ…私そんなこと言うんですか…」 「嬉しかったなぁ。リサから好きなんて言ってもらえて」 「!いっ、いや、それは髪のことでしょう!?」 「さあ?未来のあなたはそういうつもりではなかったかもしれませんよ」 口が減らないのは相変わらずのようだ。顔を赤くしてムッと口をつぐんだ私の頭を、大きな手が抱き締めるように撫でた。 「懐かしい…。5年って凄く短いように感じてたのに、リサは随分変わっていたようですね。ずっと傍にいたのに…いや、いたから、かな?気付かなかった」 貴方も随分変わってるわよと言い返すのも忘れ、私はその言葉で引っ掛かったことを、胸を高鳴らせながら口にした。 「ずっと、って?私、5年後も、アレン君の隣にいるの…?」 少し汗ばんだ手を握り締めて、声が震えるのを必死にこらえ問う。大人アレン君は一瞬ぱちくりと瞳を瞬かせ、しかし次の瞬間には私のその手を取って、いとおしそうに甲に口付けた。 「リサ、この時代の僕、言ってませんか?一生離してあげませんって」 「ッ…い、言…って ます…」 「ね?僕は嘘を吐くような男じゃありませんから」 愛してるだとか食べちゃいたいだとか、それこそ一生離さないとか、恥ずかしい台詞をアレン君は惜し気もなく口にする。やめてよ、と居たたまれなくて口を手で塞ぐのに、彼は楽しそうに笑ってその手に口付け、真っ赤になっちゃって可愛い、なんてからかうのだ。 一生離さない、なら、10年後も20年後もその先も、アレン君の隣にいるのは私だろうか。そう思うと心が蕩けてしまうくらい幸せな気分になる。 「ところで、リサ」 「え?」 がっしと両肩を掴まれて、私は思わずびくりと震えた。目の前にある笑顔が言い知れぬ圧力を掛けてくる。首筋に冷や汗が伝うのを感じた。 「今の僕とはどこまでいったの?」 「…はッ…!?」 「さすがにデートはしましたよね。キスは?もうした?」 「き!?」 「ああ、その反応じゃまだですか」 ふふふと意味深に笑うアレン君に対し、私は耳から湯気が出ているのではないかと心配になるぐらい顔を熱く火照らせていた。何だキスって。魚じゃない方のきす? 「そっか、じゃあ僕の限界がそろそろ振り切れる時期ですね」 「ななな、何を言って」 「リサ、あなたは明日にでも僕にポーカーに誘われますよ。そして惨敗、僕の我が儘を聞く羽目になる」 占いを受けているみたいだとどこか冷静な部分がそう思った。しかし頭の大部分は、先ほどの話の内容に気を取られている。 「それって、さっきの話に何か関係が…」 「ええ、というか、核心でしょうか。近い未来に、君と僕は口付けを交わす」 ちょんと唇に長い人差し指が触れ、ここに、と大人アレン君に囁かれたときには真面目に憤死するかと思った。どうしようどうしよう。まだ先だと思っていたのに、近い未来、もしかしたら明日にでもなんて。 「…その時とんでもないこと言うんですよあなたって人は…」 「え?」 「ああいえ、こっちの話」 その後はいろいろな話をした。どうやら成人したアレン君は、元帥の地位に着いたらしい。ユウはまだ元気に生きていて、相変わらず無愛想に蕎麦ばかり食べているのだそうだ。いい加減飽きればいいのに、とアレン君は溢す。コムイさんのシスコンは勿論直っていない。ブックマンもまだちゃんと活動していて、それによりラビもまだ「Jr.」らしい。未だにブックマンは彼を認めていないようだ。 世界がどうなっているのかは、敢えて聞かなかった。戦争が終わっていないことは確かだが、5年後も皆が健在と解っただけで今は、いい。 「―――さて。そろそろ帰ろうかな」 すくっと立ち上がった大人アレン君にちらりと名残惜しさを感じるも、今のアレン君が恋しくなってきている自分に気付いていたので、引き止めるようなことはしなかった。「そろそろ未来のリサに会いたいし、」と呟くアレン君に、ああ同じこと考えてるとくすくす笑ったら、きょとんと不思議そうな顔をされてしまった。 「リサ、今の僕を宜しくおねがいします」 「アレン君も、未来の私と仲良くして下さいね。泣かせたら許しません」 「そのご心配は―――ああ、ベッドの中では保証しかねま「わああああっ言わなくていい言わなくていい!」 ばっと耳を塞ぎしゃがみこんでしまった私に、大人アレン君は愉快そうに笑った。この人意地悪なとこは全っ然変わってないな! 「じゃあ。お元気で」 「…うん」 す、とアレン君は方舟に右手を入れて、ちらりと振り返り微笑むと、そのまま中へと消えてしまった。長い髪がきらきら光って後を追う。未来の私に会いに行ったんだ。なんだか凄い経験したよな、と私は今更ながら驚いた。未来の私はどんな風になってるのだろう。アレン君に見劣りしないくらい、少しは立派な女になっているといいのだが。 ぐらり、とまた辺りに震度が弱い地震のような衝撃。ゲートが淡く光り、そこから顔を覗かせたのは、さっき見ていた男性とそっくりの、しかし確かに違う少年。 「リサ?リサですか?」 まだ少し混乱した様子の彼は、頭を押さえながらふらふらと舟を降りてきた。その顔に、声に仕種に、私はきゅうと胸を締め付けられるのを感じる。こちらの彼とは2週間振りなのだ。私が恋をしたのはこの姿の彼だ。 私は待ちきれず立ち上がると、今のアレン君に駆け寄りぎゅうっと抱き着いた。 「おかえりなさい!」 「わ!?た、ただいま…って何、リサ、突然どうしたんです」 あからさまに慌てふためいて、それでも戸惑いながら私の背中に手を回して抱き寄せてくれる。ふと頭を上げて覗き込んだ顔は可愛いくらい赤くなっていて、「やっぱりアレン君だ」と呟いたら、アレン君は困惑した様子で首を傾げていた。 *おまけ ふと現れた男の気配に、リサはそっとカップから口を離した。先程少年と長話をしていたおかげで、中のミルクティーはすっかり冷めてしまっている。 「おかえり、アレン」 そちらを振り向くことのないままそう声を掛けると、近付いてきたその人に、後ろからくいと顎を持ち上げ上向かせられる。リサは素直に口付けを受けた。 「ただいま。…の、キス」 「アレンってホントちゅう好きだね。アレン少年は私が抱き着いただけで大慌てだったのに」 「…5年前の今頃ですね」 アレンは気恥ずかしそうに頬を掻いた。リサは彼の手を払って、冷たいミルクティーを喉に流し込んでしまう。 「あなたがいきなりあんなことするから、僕は我慢出来なくなったんですよ」 「精神力が弱い。だったらポーカーなんて回りくどいことしないであの場でしちゃえば良かったじゃない」 「あの時は混乱してましたからね」 「昔の私に何かしてないでしょうね」 「それはあなたが一番よく解っているでしょう?」 リサは口をつぐんでカップを机に置いた。その通り、なんせ自分の過去だ。5年前のリサは5年前の自分のものだと、アレンは一切手を出さなかった。 「それよりね、リサ。小さなあなたに、未来の私と仲良くして下さいって言われちゃいました」 「…うん。そんなことも言ったかもしれない」 「言ったんですよ。泣かせたら許さないって」 「あー…そのときアレンは随分デリカシーのないこと言ったわね」 「な、」 憤慨しようとしたアレンではあったが、リサの頬が赤いのを見付けると、途端に唇に意地の悪い笑みを乗せた。「…だって事実ですもん」と、するりとリサの白い首元に腕を絡ませ、肩口に顔を埋める。 「…いつ私が泣きなんかしたの」 「思い出させてあげましょうか?それとも今ここで証明する?」 「ごけっこう、っぁ」 ちゅ、とそこを吸い上げて痕を付けるとリサの唇から小さく声が洩れて、アレンは一度喉を鳴らすと他の場所に噛み付こうとした。しかし、ぎゅうと手のひらの甲をつねられ、アレンは思わず肩を竦める。 「い、…ったいですね」 「アレンが悪い…」 「嫌じゃないくせに」 「…もう!昔のアレンはもうちょっと節度を持ってたよ」 「昔のリサはもう少し素直で可愛かったのにね?」 リサは首を捻ってアレンをキッと睨み付け、アレンはそれを受け止める。ばちりとぶつかった視線も数秒もたたないうちに和らぎ、二人は同時に吹き出し額をくっ付けるようにして笑い合った。自分は今の互いが一番好きなのだと、リサもアレンもよく解っているからだ。 それは、今も昔も変わらず、二人の間にある事実。 20080724 全てねつ造。すごく楽しい |